Date : 2018

09

21Fri.

TikTokのBytedance、中国本社唯一の日本人エンジニアはなぜビービットへ?

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TikTokのBytedance、中国本社唯一の日本人エンジニアはなぜビービットへ?

日本でも話題となった動画共有アプリ「Tik Tok」。この動画アプリを開発したのは中国のバイトダンス(字節跳動、Bytedance)という企業です。

バイトダンスは従来の中国のIT企業の業界地図を塗り替える勢いで急成長を続けている新興勢力のひとつです。バイドゥ(百度、Baidu)、アリババ(阿里巴巴、Alibaba)、テンセント(騰訊、Tencent)のいわゆるBATに続く新3巨頭のひとつとして注目が集まっています

※新3巨頭はTMD。Tがバイトダンス、ニュースアプリのトウティアオ(今日頭条、Toutiao)を運営していることから。Mはメイトゥアン・ディエンピン(美団点評、Meituan–Dianping)、Dがディディチューシン(滴滴出行、Didi Chuxing)。

言うならばバイトダンスは中国の最前線の企業で、そのバイトダンスからビービットにやってきたのが、那珂(なか)将人さんです。那珂さんはなぜビービットにやってきたのか、彼がビービットで成し遂げたいこととは? 中国への留学からバイトダンスへの入社、そこからビービットに参画するに至った経緯などを伺いました。

「那珂さん奇跡だね!」、中国に渡るきっかけ

那珂さんはバイトダンスという中国の最前線の企業で働いていましたが、元々中国で働きたいと思っていたんですか

こういった質問はよく聞かれるんですよ(笑)。

実は僕は中国で働きたいとは思っていませんでした。世界に出て働きたいと思っていましたが、それは中国でなくてもよかったんです。例えばアメリカでもヨーロッパでもどこでもよかった。僕が専門としているエンジニアという職種はどこでもできる仕事なので。

中国を選んだ理由を紐解いていくと、学生時代の経験がひとつの背景としてありますね。僕が学部2年生の時に後輩の中国人留学生と知り合いました。僕がその中国人留学生に覚えたての中国語で話しかけたらものすごく褒められたんですよ。「那珂さんすごいねー、那珂さん奇跡だね!」って。

外国語を話すと発音が違うとか、文法の使い方が違うとか間違いを指摘されるじゃないですか。それが片言の中国語がめちゃくちゃ誉められたんです。これがとても気持ちがよかった。今思うとそれが中国に興味を持った発端です。

中国に渡った経緯を教えてください

はじめは大学院生として中国に渡りました。吉林大学という北朝鮮のちょっと上にある大学です。

この大学でコンピューターサイエンスを学びました。中国の大学院は3年なんですが、僕はいろいろあって4年いました。でも後からこの1年が効いてきます。当時は労働ビザを取るのってすごく難しかったんですけれど、1年長くいたことでちょうど働き始めるタイミングのころに緩和されたんです。

もしも正規通りに3年で卒業していたらバイトダンスで働けなかったかもしれないですね。

よそ者扱いで終わりたくない

吉林大学を卒業した後に中国で働き始めたのは何故ですか

吉林大学で勉強している途中から留学生は甘いなと思い始めました。

留学生だと結局は自分の国に帰る人が多いんです。そうすると中国の文化や言語もよそ者のレベルでしか覚えられません。よそ者のレベルでしか中国を知れないのも、よそ者として扱われ続けるのも嫌で、中国で働きたいと思いました。

大学院の研究室で北京で働いている人が結構いて「履歴書を送ってやるよ」と就職活動に協力してくれました。それでバイトダンスのインターンに受かった形です。

吉林大学の院生時代にバイトダンスで3ヶ月インターンをさせてもらって、この企業に入りたいと思うようになりました。大学院で学んでいるときは自分の技術に自信を持っていたんですよ。全然中国人に負けていないし、むしろ勝っていると思っていました。それが全く通用しなかった。バイトダンスでは自分が知らないコマンドやツールを色々使っていた。

このインターンの経験から絶対にここで働いて、同じようなレベルの技術を身に着けたいと思いました。

那珂 将人(なか まさと) 東京大学卒業後、東京大学大学院修士課程に進学。その後、中国吉林大学修士課程に入学してデータマイニングを研究し修士号を取得。卒業後Tik Tokなどを運営する中国のバイトダンス(字節跳動、Bytedance)に入社。2018年ビービットに参画。英語、中国語、ポルトガル語など複数言語を操る。

バイトダンスに採用されるのは狭き門だと思いますが、採用に至る決め手は何かあったのでしょうか

正直言って、もし自分が中国人だったとしたら、当時の技術レベルでは採用してもらえなかったと思います。その位にレベルの違いがありました。

恐らくバイトダンスとしても日本市場に進出したいという思惑があったんだと思います。

エンジニアとしてのスキルだけでなく日本人で日本の文化もわかっているということが採用されるには大きかったんじゃないでしょうか。純粋な日本人としては採用第一号だったようです。

バイトダンスでの刺激的な日々

バイトダンスでの日々はどのようなものでしたか

めっちゃ楽しかったですよ。平均年齢は26歳くらいじゃないですかね、学校の延長みたいな感じです。働いている人ではバイドゥから流れてきている人が多いです。バイドゥはもう大手なので自由にできない面もあるみたいです。バイドゥではできない面白いことをしようというモチベーションがバイトダンスにはありました。

あとは当然ですがみんなレベルが高いです。

バイトダンスでは、技術が物を言う、結果が物を言うところがあります。そのため、上下関係が緩くて下の立場でも意見があればどんどん上に言うことができます。とは言え何か上に意見を言おうと思っても、付け入る隙がないほどにレベルが高かったですね。

バイトダンスではどのくらいの期間働いていたのですか

大学院生時代のインターンが3ヵ月に、正式に採用されてからが1年半くらいなので、計2年くらいです。期間としては2018年の6月までですね。この2年間でめっちゃ伸びたと感じます。

中国のIT企業は雇った人に何をやってもらうかは決まっているんですよ。
僕に対する期待は日本的なものに対するプロダクトや技術など全般でした。その中には雑務みたいなものもあって、エンジニアの仕事とは関係のない翻訳などもやらされました。それでもまずは自分に任される仕事を十分にできるようになることを目標にしました。

レベルの違いを感じる場所として週に1回の会議。その会議の場で各々が進捗を報告しあうんです。入社したころはその報告が言語的な意味でなく、技術的な意味で何をやっているのかさっぱりわかりませんでした。全体像、エコシステムがわからない。それが1年くらいやっていて少しずつわかるようになっていきました。

あとは日本の企業だと計画・実行・評価・改善というPDCAのサイクルがあるじゃないですか。中国だととにかく実行、とりあえずやってみるというDoがかなり強いです。これも慣れるまでに時間がかかりました。

那珂さんがバイトダンスで関わったものを教えてください

インターン時代にニュースマスターというニュース系のサービスに関わったのが最初です。バイトダンスはもともとニュース系なので。ただ、これはインターンが終わって、日本に戻ってビザを取得する間にサービスが終わってしまっていました。そのためか日本ではあまり知られていないですね。

メジャーなところではBuzzVideo。僕が主に請け負っていたのが初めて来たユーザに提供するコンテンツを選ぶレコメンドエンジンの開発です。ユーザは興味のないコンテンツを提供されたら当然離れてしまいます。BuzzVideoのクオリティを保つために重要な仕事です。

非常にやりがいがあり、バイトダンスを辞める前には、一つの機能の責任を任せられているというレベルにまでなれました。

0を1にする仕事がしたい

充実した日々を送る中で、なぜ日本に戻ってきたんですか

もともとは日本に戻る気はなかったんですよ。当面はバイトダンスで働いて技術を学ぶつもりでいました。日本に戻る決定をする上で、西岡賢一郎(当時トライディア代表取締役、現ビービットCTO)という人が大きな役割を果たしています。

西岡さんというのは、元々は僕の大学の先輩です。部活の先輩でもあり、学部も研究室も一緒だったことからたくさんの事を学ばせてもらい、また僕としてはライバル的な意識を持っていました。卒業後も仕事を振ってもらったりなど、関係は続いていました。

その彼に「日本に戻ってこないか」と声を掛けられたんです。

はるばる中国まで来てくれて「那珂が必要だ、今回は那珂を帰国させるためにきた」と3日間熱烈に口説かれました。ちょうどビービットとトライディアの合併の話が出ているころです。

日本に戻る決め手となったことはありますか

西岡さんが「国際的なプロダクトを作る上でも、国際的なチームを作る上でも那珂が必要だ」と言うんですよ。まずその言葉で考えさせられましたね。

バイトダンスは技術を学ぶ上では最高の環境です。でも、技術を学んでどんどん上に行ったとしたら何になるんだろうとはずっと思っていました。それは「バイトダンスの優秀なプログラマー」ですよね。バイトダンスという既に成功した大きな企業の中の一人です。自分が本当になりたいものは違うんじゃないだろうかという思いがありました。

大きく後押しされた出来事としてはチャイナトリップ(*)もあります。これは感動しましたね。チャイナトリップって3時間くらいプレゼンを聞く時間があるんですよ。最初は3時間も話を聞けないと思っていたんですが、全然聞けました。

* チャイナトリップ:ビービットが企業経営層向けに展開する中国視察&セミナーツアーサービス。最先端のデジタライゼーションを現地視察と座学で学び、これからの世界の変化を見据えたビジネス対応を考え、示唆を得ることができる。ビービットに新しく参画する社員も大部分が参加する。

この時にビービットすげぇなと純粋に思いました。中国のことを真剣に学ぼうとしている姿勢を強く感じました。何なら中国人以上に中国のことを研究している。中国のことを本当に知っているし、もっと知ろうとしている企業だという点はかなり大きかったです。

僕にとっては西岡さんの存在はもちろん大きいですが、ビービットというまだ未完成の企業で挑戦できること、そして挑戦するために真剣に中国から学んでいること、この2つもバイトダンスを離れる上での決め手となりました。

ビービットで成し遂げたいのはどういったことですか

大きく言うと0を1にしたい。

これはバイトダンスにいてはできないことです。バイトダンスはすでに1以上になっているので、それを50にしたり100にしていこうという段階です。ビービットの一員として0から関われるのは、大きなモチベーションになりますね。

具体的に言うと、ビービットが提供しているクラウドサービスのユーザグラムです。これを中国でも使われるようにしていきたいです。最先端の中国から学んで、中国でも信頼されるシステムを作るっていうのはワクワクします。

もちろん困難な道だとは思いますよ。デジタルに関しては中国の方が日本よりもずっと進んでいるので、最初から上手くはいかないかもしれません。でも中国の方が進んでるからと言って、挑戦しないのは嫌なんですよ。それだとただの井の中の蛙にしかならないじゃないですか。

ビービットにいれば挑戦ができる。本当にいい物を作るために非常に刺激的な日々を過ごせています。

最先端の中国での経験を携えて、新たにビービットに加わった那珂さんにお話をお聞きしました。ビービットにまた力強い仲間が新たに加わりました。那珂さん、グローバルで戦っていけるサービスを一緒に作っていきましょう!

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