Date : 2018
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18Tue.
先進的なブランドほどVRよりARを選ぶ -次世代のショッピング体験を実現するヒント
アフターデジタル
グローバルトレンド
映画『レディ・プレイヤー1』やスマホアプリのポケモンGOなど映画やゲームによって認知度が高まっている「VR(仮想現実)」と「AR(拡張現実)」。最近ではリテール分野での活用が増え、ショッピング体験を大きく変える可能性に注目が集まっています。 VRとARは同じように扱われることが多いですが、現時点でリテール分野では「AR」の施策がトレンドとなっており、これにともないAR市場は今後急拡大することが見込まれています。 ロイター通信が伝えたOrbis Researchの最新レポートによると、2017年AR市場規模は14億3000万ドル(約1600億円)でしたが、2023年には129億7000万ドル(約1兆4650億円)と10倍近く拡大する見込みです。 この記事では、世界各国のリテール分野におけるARを用いた最新事例を紹介しながら、消費者意識の変化などAR施策が増える理由に迫ります。
グローバル基準化する「バーチャル試着」 写真から動画へ進化
グローバルブランドによるAR施策はこの数年急速に増えており、枚挙にいとまがありません。
メイベリン、ロレアル、セフォラなどのコスメブランドは、バーチャル・トライオン機能の付いたスマホアプリをリリース。これらのアプリでは、ユーザーの顔写真を使って、メイクがどのように映えるのか確認することができます。
コスメ商品を購入する際、色や質感を確認する必要がありますが、店舗内で何種類もの商品を本格的に試すことは現実的ではありません。バーチャル・トライオン機能を使うことで、自分に最適なコスメを短時間で見つけることが可能となります。
気に入ったら、そのままオンラインで購入できるため、商品検索、お試し、購入のプロセスが大幅に効率化されることが期待されています。
https://www.loreal.com/media/news/2017/july/loreal-joins-perfect-corps-youcam-makeup-app
顔写真を使ったバーチャル・トライオン機能は、レイバンやGlasses.comなども導入しています。これらもスマホアプリ上で、ユーザーが商品をオンライン購入する前に、サングラスやメガネが自分の顔に合うのかどうかを確認することができます。Glasses.comのアプリでは、顔の3Dモデルを生成できるため、3次元でメガネのフィット具合を確かめることが可能です。
これらはほとんどが静止画にメイクやサングラスを重ねるシンプルな仕組みですが、人工知能やARプラットフォームを用いた「リアルタイム動画」のバーチャル・トライオンも登場しています。
https://www.facebook.com/beautyforallbyloreal/videos/1904489666281354/
ロレアルは2018年8月、同年3月に買収したAR企業ModiFaceとともに、フェイスブックと長期提携を結んだことを明らかにしました。
この提携では、フェイスブックのカメラアプリとModiFaceのARが統合され、リアルタイム動画を使ってロレアルやメイベリンなどブランドコスメのバーチャル・トライオンが可能になるといいます。その動画をダイレクトにシェアできるため、家族や友人からのアドバイスを得られやすくなり、ショッピング体験が大きく変わることが期待されています。
このほか、イケアやマグノリアなど家具ブランドもARアプリをリリース。ベッド、椅子、机、花瓶など任意の家具の色やサイズが部屋にフィットするのかどうか確認することができます。
なぜAR? 背景にミレニアル世代の「try before you buy」現象
グローバルブランドによるAR施策が増える理由の1つに、消費者の期待値が高まっていることが挙げられます。英デジタル・ブリッジが2017年9月に発表した調査では、調査対象となった消費者の74%がリテールブランドによるAR体験を期待していると回答したのです。
また、リテールブランドが活用すべきテクノロジーとしてARと回答したのは61%となり、VRの30%を大きく上回りました。現実世界に投影されたデジタルオブジェクトを通じて、購買を検討している商品をプレビューしたいと考える消費者が多いことを示しています。
一方、現時点でリテールブランドがARなどのテクノロジーをフル活用できているかどうかという質問では、51%ができていないと回答。消費者の大半が満足していないことが明らかになりました。
年齢層別ではその傾向が顕著に現れており、18〜24歳で現状に満足していると回答したのは35%のみ、25〜34歳は43%でした。一方55〜64歳では63%が満足していると回答しています。若い世代ほど、リテールブランドがARなどのテクノロジーをフル活用することを望んでいることがうかがえます。
こうした消費者の期待値の高さは、AR施策を実施したリテールブランドのコンバージョン率などの変化に現れることがあります。
コスメブランドのBenefit Cosmeticsは2018年1月にARアプリBenefit Blow Try-Onをローンチ。アイブロウに特化したバーチャル・トライオンアプリで、ソーシャルメディアと連携しており、友達やフォロワーとのインタラクションを可能にします。このアプリをローンチして以来、同社アイブロウの商品ページのコンバージョン率は80%も増加したというのです。またサイト滞在時間は90%増えたといいます
https://www.benefitcosmetics.com/ph/en/brows
若い世代はなぜリテールブランドにAR施策を求めているのか。コスメ市場に特化したリサーチ会社Poshlyの調査(2016年10月)はその理由の一端を説明しています。
それによると、ミレニアル世代女性の78%がコスメを購入する前にARアプリで試すことが可能であれば、オンラインで購入する可能性が高くなると回答。また85%がセルフィーでどのように見えるのか確認できるのであれば、ヘアカラー商品を買う可能性が高まると回答しています。
これらの結果を踏まえ同調査は、ミレニアル世代は基本的に懐疑的かつ短期での満足感を求める傾向が強く「try before you buy(購入する前に必ず試す)」現象を引き起こしていると指摘しています。ただ商品を確認するだけでなく、その商品を使うと自分がどう見えるのか、それを確認できて初めて商品を信頼するようになるというのです。
変わるショッピング体験と日本企業が取るべきアクション
このような消費者意識を鑑みると、リテール分野におけるAR活用は単なるバズワード/トレンドではなく、消費者意識の変化とEコマース時代の流れに呼応した必然的な進化と見て取ることができるかもしれません。
また、ARがもたらす体験が消費者に内在する「遊び心」をくすぐるという点にも留意したほうがよいでしょう。
現在コロンビア大学の講師を務めるJoseph Pine氏が以前ハーバード・ビジネス・レビューに寄稿した論文で「Experience Economy(体験経済)」の到来について議論しました。経済はコモディティからモノ、サービスへと進化し、さらにその先に体験を提供することが主流となる経済が到来するであろうと説いたのです。
それまで体験を提供するビジネスは遊園地や映画館に限られていましたが、インターネットやバーチャル技術の進化によって、どんな企業でも「体験」を提供することができるようになると予想しました。
Pine氏は、ディズニーランドを例に体験経済の特徴をまとめています。
体験経済が提供するものは「記憶に残る(楽しい)体験」。そして体験を提供する売り手(企業)は「ステージャー(Stager)」、買い手(消費者)は「ゲスト」であるといいます。これは企業がステージとしてサービスを提供し、消費者が主役となる楽しい体験を演出するという意味です。
ARはまさにこれを実現するうってつけの手段といえるでしょう。現実をベースとした空間にバーチャルなセルフ像を投影することで、消費者が主役となるステージが登場。そのステージで消費者は、好きなコスメやファッションを身につけ、着せ替え人形で遊ぶ子どもの感覚で、楽しい体験をすることができるようになるのです。ロボットや自動車のプラモデル/ラジコンのパーツ交換と似た感覚ともいえるかもしれません。
上記で紹介した海外の事例は、ARでこのような空間を演出し、楽しい体験によってユーザーのポジティブな感覚を引き出しているといえるでしょう。
日本でも増えてくると見込まれるAR活用。企業の心得としては、消費者を「ゲスト」として認識し、ゲストが主役になれる「ステージ」を演出することが求められるのかもしれません。
リテールブランドによるAR活用は始まったばかりで、試行錯誤のフェーズといえます。この先どのようなAR施策が登場し、ショッピング体験をどう変えていくのか、今後の展開から目が離せません。