顧客志向によるイノベーション
イノベーションを起こす方法は、市場機会や戦略などの上位概念から考えることだけではありません。使う人を強く想うことから始まったイノベーションも数多くあるのです。顧客志向とイノベーションの関係について、弊社代表の遠藤が執筆しました。
求められているのは「新しい価値の発見」
イノベーティブな製品やサービスに出会うと、「まさか」と「なるほど」の二つの感想を持ちます。まさかそんなことが実現できるとは思わなかった、しかしながら、なるほどそれは確かに必要で良いなと思わせてくれます。
アマゾンの電子書籍サービスのKindleが誕生した時は、紙で長年読んできた習慣との折り合いや出版・印刷業界との調整や版権の整理など多くの課題を解かなければならず、多くの人が欲しいと思える水準の電子書籍サービスが実現できると考えている人は少なかったはずです。しかし、それが実現してしばらくすると、重たい書籍を何冊も持ち運びする必要もなく、シリーズ物の作品を時間や場所を気にせずにオンデマンドで買い続けることができるなど、非常に便利で魅力的なサービスだと気付かされました。
つまり、気付いているようで明確にしきれていない新しい価値が見出された上で、それを実現する困難を打破している状態が作られているのです。
最近は人口減少により市場規模が頭打ちになることで、多くの企業が既存事業から染み出していき、各事業で競争が激しくなって利益率が削られていたり、デジタル化や人工知能などの技術革新によって既存事業の存在意義が薄れているといった状況に出くわすことが珍しくなくなっています。
例えば、実用化が進んでいる自動運転技術は自動車事故のリスクを軽減するため、4兆円弱の国内自動車保険市場は今後大きく規模を縮小する可能性があります。
このような環境変化の中で、新規事業を求める企業は増えており、イノベーションが経営課題の中核に据えられることも多くなっています。誰もが気づいていない価値をいかに見出すかが求められています。
では、どうすればイノベーションの種を見つけられるのでしょうか。P.F.ドラッカー氏はイノベーションの機会として、信頼性と確実性の大きさ順に7つの方法を定義しています。
- 予期せぬ成功と失敗を利用する(既に生じていて見過ごされている価値)
- ギャップを探す(業績、認識、価値観、プロセスの現実と理想)
- ニーズを見つける(プロセス、労働力、知識)
- 産業構造の変化を知る
- 人口構造の変化に着目する
- 認識の変化をとらえる(考え方、価値観)
- 新しい知識を活用する
しかし、これだけを見ても様々な発見方法があり、どれを試すのか思案するだけでも一苦労です。
顧客志向がイノベーションを生む
これに対し、米国で著名なベンチャーキャピタリストのポール・グレアム氏は、新しいビジネスの種は考えるものではなく気付くものであると定義し、考えることよりもむしろ他の人が気付かない価値に気付くことが重要であると言っています。
ここで論じている価値とは何かを考察すると、「それは確かに必要であり良いなと思うもの」つまり誰かの主観であり、多分に個別具体的なものです。
1947年、本田宗一郎氏が本田技研工業にて最初に開発した製品は、自転車にエンジンを載せたHONDA Model A通称バタバタです。これは妻の本田さち氏の買い物を楽にするために作られました。1979年、SONYの盛田昭夫氏は共同経営者の井深大氏のためにWALKMANを開発しました。2000年初頭、クックパッドの佐野陽光氏は常に実在する1人のユーザを意識しながらレシピサイトを開発していました。
時代は移り変わっても、目の前に存在する誰かを深く想い、相手の幸せを願うからこそ、新しい課題、すなわち新しい価値に気付くことができています。
そして、新しい価値の実現するには、通常困難がつきまといます。それを打ち破るには、どんな過酷な壁にぶつかっても何度も挑戦し、失敗しても諦めない姿勢が求められます。そのためには、価値を感じる主体者に対して、喜んでもらいたいという強い想いが活動の源泉となります。
既存事業におけるお客さまを現実に存在する1人の人間として意識し、寄り添い、何に困り何に喜ぶのかを実感できれば、それが新たな価値創出のきっかけになり、顧客志向がイノベーションにつながる瞬間になります。
顧客志向は古く、守りの思想だと捉えられることもありますが、イノベーションにつながる大きな可能性も秘めているのです。
社長コラムバックナンバー
- 顧客の声を活かす【後編】
- 顧客の声を活かす【前編】
- 顧客志向を武器とした新たな競争
- 顧客志向によるイノベーション
- 人工知能時代の「人間の仕事観」とは
- マーケ目的のみのCX向上は失敗する
- 企業の価値観は社員を変える
顧客ロイヤルティ戦略入門バックナンバー
- 第8回:ロイヤルティ指標を決め、ジャーニーマップを描く
- 第7回:顧客志向の実践的アプローチ「カスタマーエクスペリエンスマネジメント
- 第6回:「カスタマーエクスペリエンス向上」における3つの間違い
- 第5回:ロイヤルカスタマー創出に必要な「指標」と「観点」
- 第4回:CRMと顧客ロイヤルティ向上の違いとは?
- 第3回:ロイヤルカスタマー創出のROIを考える
- 第2回:ロイヤルカスタマーは売上上位顧客ではない
- 第1回:顧客満足が高いのに競合に勝てない理由とは?
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顧客価値戦略サミット 第一部レポート
貢献志向の仕事 | TEDxTodai2013
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執筆者:遠藤直紀
(代表取締役)横浜国立大学経営学部経営システム科学科を卒業。ソフトウェア開発会社を経て、アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)に入社。2000年3月にビービットを設立し、現在は東京・台北・上海の3拠点にて顧客ロイヤルティ経営、およびユーザ中心のデジタルマーケティングを支援。共著書に「売上につながる「顧客ロイヤルティ戦略」入門」。経済同友会会員。