CRMと顧客ロイヤルティ向上の違いとは?【顧客ロイヤルティコラム: 第4回】
顧客との絆を維持するために従来から取り組まれてきた活動として、CRM(カスタマーリレーションシップマネジメント)がある。顧客ロイヤルティを形成していく上で既存のCRM活動が抱えていた課題と、ロイヤルティ向上に必要な要素をご紹介する。
CRM(カスタマーリレーションシップマネジメント)と顧客ロイヤルティ
顧客ロイヤルティは「顧客との絆」と表現されることもあり、顧客ロイヤルティ向上を顧客との絆の形成・強化として捉えている企業もある。
こう表現すると、顧客ロイヤルティ向上活動は、従来から企業内に存在しているCRM(カスタマーリレーションシップマネジメント。直訳すれば「顧客との関係性管理」)と似た活動のようにも見える。
しかし、現実には既にCRMに取り組んでいるにも関わらず、ロイヤルカスタマーの創出には十分つながっていない、という課題意識を感じている企業も多い。
顧客ロイヤルティ向上で成功をおさめるためには、過去のCRM活動がロイヤルティ形成につながっていない要因を明らかにし、同じ轍を踏まないようにする必要がある。
CRM(カスタマーリレーションシップマネジメント)とは何か?
改めて整理すると、CRMとは「顧客の属性や接触履歴に基づき、顧客一人ひとりの状況に応じたきめ細かい対応を行うことで、良好な関係構築や満足度向上につなげていく活動」と説明できる。
こうしたCRMのコンセプトそのものは、顧客志向であり、素晴らしいものである。しかし、実際の運用現場では、本来のコンセプトがなかなか実現されていない。CRM活動はマーケティングの一部として販売の「効率化」にとどまり、顧客との関係性の「深化」にはつながっていないのが実情なのである。
コンセプトが実現されない背景には、膨大な顧客データを管理しきれないなど技術的な制約もあるが、我々は「活動を管理する指標」と「顧客情報を扱う観点」に大きな問題があると捉えている。以下、これら2つの課題について説明していこう。
CRMの課題(1) LTV(顧客あたりの生涯売上げ)増大が最終ゴール
CRMの課題の1つ目は、「活動を管理する指標」の設定方法である。
人間同士の関係性と同じく、顧客と企業の関係性(あるいは絆)は「顧客から企業へ」「企業から顧客へ」という双方向のやり取りが繰り返される中で深まり、強化されていくものである。
しかし、CRM活動においては、「顧客から企業へ」にあたるLTV(Life Time Value:顧客あたりの生涯売上げ)最大化が最終的に達成すべきゴールとして設定されており、「企業から顧客へ」にあたる顧客への価値提供や満足創出は管理されていないことが多い。
例えば、CRMで一般的に行われる「RFM分析」では、LTV最大化を実現するために顧客一人ひとりに関して
- Recency(最新購買日はいつか)
- Frequency(どのぐらい頻繁に購買しているか)
- Monetary(累計でどのぐらい購買しているか)
を分析し、顧客の属性に合わせた効果的なコミュニケーションを実現しようとするが、そこで扱っているのは、顧客から企業へのお金の流れだけであり、企業から顧客に対してそのお金に見合う価値が本当に提供されているかどうかは可視化されていない。
その結果、企業側として売上が欲しいタイミングがあると、CRMと称してキャンペーンメールを大量に送付するような施策が目標達成につながる"効果的な施策"として実行されてしまう。そのような施策は、実際には「キャンペーンに煽られて買ってしまったが後で後悔した」というようなロイヤルティが毀損された顧客を生む可能性があるにも関わらず、である。
CRM活動における「効果的なコミュニケーション」とは、顧客視点を伴わない「企業にとってのみ」効果的なコミュニケーションになってしまう危険性があった。顧客ロイヤルティを向上していくためには、CRMの反省を活かし、「顧客への価値の提供状況」や「顧客の満足の状態」が管理できる指標を導入し、企業活動を管理していくことが重要となる。
CRMの課題(2) 施策がキャンペーン一辺倒になる
CRMのもう一つの課題は、集めた「顧客情報を扱う観点」にある。
CRMは上記の通り、LTV最大化にフォーカスする結果、集められるデータは、誰がいつどこで何を買ったか、という購買データが中心となる。この購買データに基づき、顧客とのコミュニケーションを最適化しようとするのだが、実は購買データから導出される打ち手は限られたものになりがちである。
その背景としては、CRMで管理されるデータは「顧客がある商品を買った」という事実が中心であり、「顧客はなぜこの商品を買ったのか」「商品を買う際に頭の中でどのような検討を行ったのか」「購入後、実際に商品を利用してみて満足したのか」といった背景は見えて来ないからである。
顧客の購買データは「既に起こった結果」に過ぎず、顧客の将来の行動を促す施策を検討するには、それらの行動の背後にある心理に働きかける必要があるが、CRMではそのような顧客情報を管理する観点が抜けてしまっている。
結果として、CRMから生まれる顧客への訴求メッセージはしばしば、万人に共通する価格訴求、すなわち「ポイントアップキャンペーン」「優待クーポン」といったキャンペーン施策に収斂していってしまう。
特に、早くから顧客データの活用が進んでいるインターネット系企業ではこの傾向が顕著であり、もはや「あらゆる方向性のキャンペーン施策をやり尽くして頭打ち」という状態になっている話もよく耳にする。
ロイヤルティ向上には「顧客が得るもの」を増やす活動が必須
『カスタマー・ロイヤルティの経営』(ジェームス・L・ヘスケット、レオナード・A・シュレシンジャー、W・アール・サッサー・JR著、1998年、日本経済新聞社)によれば、ある製品・サービスの顧客にとっての価値は、「その製品・サービスから顧客が得るもの」と「その製品・サービスを得るために顧客が費やすもの」のバランスで決まる。
顧客が得るもの、費やすものはそれぞれ下記の要素で構成されている。
- 【その製品・サービスから顧客が得るもの】
製品・サービスを通して得る「結果」(例:リムジンの場合→目的地までの快適な移動)
顧客が結果を得るプロセスのクオリティ(例:リムジンの場合→運転手の笑顔や親切な応対) - 【その製品・サービスを得るために顧客が費やすもの】
製品・サービスの売価(例:リムジンの場合→運転手に支払う運賃)
製品・サービスの入手コスト(例:リムジンの場合→配車依頼の電話)
上記を考えると、顧客に提供する価値を高め、ロイヤルティを向上させていくためには、「(1)顧客が得るものを増やす」、「(2)顧客が費やすものを減らす」の2つの方向性がある。
物があふれ競争が激しくなっている現代においては、(1)(2)の両方を同時に実現できた企業が優位性を得るようになっているのに対し、現実のCRMは先述した通り、LTV最大化に向けキャンペーン施策を繰り返す活動になっており、(2)の顧客が費やすものを減らすことのみに力点が置かれがちである。
その結果、CRMだけでは顧客にとっての価値を高め、競争優位を築くことが難しくなっているのである。
製品・サービスの売価や入手コストは目に見えやすく、定量化や管理もしやすいのに対し、顧客が製品・サービスに求めている「結果」や、その結果を得るプロセスのクオリティは、顧客の「心理」に関わる情報であり、顧客の購買行動を見ているだけでは分からない。
- お客様は何故、自社の製品・サービスを求めているのか
- 自社の現状の製品・サービスが提供している「結果」に対し、お客様はどう思っているのか
- お客様が「結果」を得るまでのプロセスに課題は発生していないか
多少手間がかかったとしても、上記のような質問を顧客に問いかけ、主観的・定性的な情報を含めて顧客を捉えようとする観点がロイヤルティ向上においては重要となる。
ロイヤルカスタマー創出に必要な2つのポイント:「指標」と「観点」
CRM活動と同じ轍を踏まず、ロイヤルティ向上活動を成功させるためには、CRMが見落としていた部分、すなわち顧客と企業のやり取りのうち、「企業から顧客への提供価値」をモニタリングし、顧客の主観を理解した上で、顧客にとっての価値を高めている必要がある。
このような対応を取るために重要となるツールが、次の2つである。
- 1. 正しい指標=ロイヤルティ指標の導入
- 2. 正しい観点=カスタマーエクスペリエンスの理解
次回のコラムでは、それぞれの要素について詳細をご紹介する。
連載バックナンバー
- 第8回:ロイヤルティ指標を決め、ジャーニーマップを描く
- 第7回:顧客志向の実践的アプローチ「カスタマーエクスペリエンスマネジメント」
- 第6回:「カスタマーエクスペリエンス向上」における3つの間違い
- 第5回:ロイヤルカスタマー創出に必要な「指標」と「観点」
- 第4回:CRMと顧客ロイヤルティ向上の違いとは?
- 第3回:ロイヤルカスタマー創出のROIを考える
- 第2回:ロイヤルカスタマーは売上上位顧客ではない
- 第1回:顧客満足が高いのに競合に勝てない理由とは?
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執筆者:遠藤直紀
株式会社ビービット 代表取締役アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)を経て2000年にビービットを設立。現在は、東京・台北・上海の3拠点にて顧客ロイヤルティ経営、およびユーザ中心のデジタルマーケティングを支援。共著書に『売上につながる「顧客ロイヤルティ戦略」入門』『ユーザ中心ウェブサイト戦略』。TED×Todai 2013にて「貢献志向の仕事」講演。ほか、講演・寄稿多数。横浜国立大学経営学部卒。