顧客志向の実践的アプローチ「カスタマーエクスペリエンスマネジメント」【顧客ロイヤルティコラム: 第7回】

顧客ロイヤルティを向上させ、事業の中長期的な安定成長を実現するためには、全社をあげてカスタマーエクスペリエンスを向上させていく必要がある。そのための実践的なアプローチとして「カスタマーエクスペリエンスマネジメント(CEM)」を紹介する。

カスタマーエクスペリエンス向上からロイヤルカスタマー創出に至る全体像

この「顧客ロイヤルティ」コラムではこれまで、顧客満足に代わる概念として登場した「顧客ロイヤルティ」や、それを計測するための指標「NPS(ネットプロモータースコア)(注1)」、顧客ロイヤルティを高めていくための観点「カスタマーエクスペリエンス」などを紹介してきた。

ここで各要素のポイントを改めて整理してみたい。

顧客ロイヤルティ

  • 顧客の期待を上回ることで生まれる、信頼や愛着などの主観的な評価
  • 満足度向上活動が顧客の顕在ニーズを満たし「問題ない」水準を目指すものであるのに対し、顧客ロイヤルティ創出活動は顧客の潜在的なニーズを満たすために企業側が起点となって顧客への価値提供に積極的に取り組む必要がある
  • ロイヤルティの高い顧客は満足度の高い顧客に比べて、顧客の購買行動との紐付きが強いことが分かっており、企業の将来の収益の先行要素として機能する
  • 参考コラム:顧客満足が高いのに競合に勝てない理由とは?【顧客ロイヤルティコラム: 第1回】

NPS(Net Promoter Score。ネットプロモータースコア。正味推奨者比率)

  • 顧客に自社の商品やサービスを知人にすすめる可能性を0(まったくすすめない)から10(強くすすめる)の11段階で評価してもらい、9点・10点をつけた人(推奨者)の割合から、6点以下をつけた人(批判者)の割合を引くことで算出される
  • 満足度調査では特に不満がなければ「満足している」と答える場合が多い。一方、「すすめますか」と尋ねられた場合は、すすめた相手に対してその商品やサービスの質を担保する責任を感じるため、より精度の高い評価を得ることができる
  • また、「満足しましたか」という問いは自社に対する顧客からの絶対評価であるのに対し、「すすめますか」という問いは「他社ではなくこの企業をすすめるだろうか?」と思考を回答者に促すため、競合企業との比較を踏まえた自社の相対的な位置付けを知ることができる
  • 参考コラム:あなたの会社の利益は良い利益?悪い利益?持続的成長を目指す新指標「NPS」とは

カスタマーエクスペリエンス(Customer Experience。略してCX。顧客体験価値)

ロイヤルティの高いロイヤルカスタマーを創出し、事業の中長期的な安定成長を実現するためには、顧客ロイヤルティを計測するための「顧客ロイヤルティ指標(NPSなど)」を用いて自社の顧客ロイヤルティの現状を把握したり、顧客との接点を担う現場一人ひとりの行動をカスタマーエクスペリエンス向上に向かって方向付けたりしていく必要がある。

このようなカスタマーエクスペリエンス向上からロイヤルカスタマー創出に至る一連のプロセスを全社として統合的に管理していくための手法を「カスタマーエクスペリエンスマネジメント」と呼ぼう。

カスタマーエクスペリエンスマネジメントを企業に導入する3つのフェーズ

カスタマーエクスペリエンスは「企業と顧客のやり取りを一連の流れとして捉える」ものであり、カスタマーエクスペリエンス向上のためには企業視点で最適化された部署ごとの「サイロ」を打破し、全社横断で活動を行っていく必要がある。

そのため、カスタマーエクスペリエンスマネジメントも最終的には、企業全体に展開していくことがゴールとなる。

しかし、顧客ロイヤルティを計測する仕組みを整え、短期的な収益向上ではなく、長期的な顧客ロイヤルティ向上に向け、日々の事業活動を実践していくのは、一つの部署であってもなかなか容易ではないのが現実である。

仮に現状のNPSが計測できたとしても、そのデータを分析し、既存の活動を変化させ、NPS向上につなげていくプロセスが伴わなければ、NPSを計測している意味はない。結果が出なければNPSに対する企業内の関心は徐々に薄らぎ、一時のブームとして終わってしまう恐れすらある。

カスタマーエクスペリエンスマネジメントを企業全体に導入し、それによって成功を納めるためには、以下の3つのフェーズを意識し、自社のフェーズに合わせたアプローチを取ることをお勧めする。

導入フェーズ

  • ステップ1:顧客ロイヤルティを管理するための自社にあった指標を定義する
  • ステップ2:顧客ロイヤルティが生み出す売上効果をデータによって証明する
  • ステップ3:ある特定の領域でカスタマーエクスペリエンス向上活動を実践し、結果としてビジネス指標が向上することを証明する(Quick Win(小さな成功)を得る)

活動展開フェーズ

  • ステップ4:事業部または企業トップが顧客ロイヤルティ向上に対してコミットし、本気度を社内に示す
  • ステップ5:部署横断でのカスタマーエクスペリエンス向上チームが設置される
  • ステップ6:全社員がカスタマーエクスペリエンス向上の意義を理解し、あるべきカスタマーエクスペリエンスのイメージを共有する
  • ステップ7:カスタマーエクスペリエンス向上に向け、全社員を動機づける
  • ステップ8:カスタマーエクスペリエンス向上活動の実践を支援する業務ツールやプロセスを整える

維持・定着フェーズ

  • ステップ9:ロイヤルティ指標の測定基盤を整え、企業の様々な活動をカスタマーエクスペリエンス向上に連動させる
  • ステップ10:人事制度、権限構造、企業文化などの組織戦略にもカスタマーエクスペリエンス向上の観点を組み込み、カスタマーエクスペリエンス向上を組織に定着・発展させる

カスタマーエクスペリエンスマネジメントには経済性の証明が必要不可欠

企業によっては既に企業文化の中に顧客志向の考え方が根付いていたり、経営陣自らが顧客志向活動の必要性を主張していたりするなど、「活動展開フェーズ」や「維持・定着フェーズ」の一部を実施しているところもあるだろう。

近年、カスタマーエクスペリエンスという概念が注目を集めるのに伴い、カスタマーエクスペリエンス部門の新設に動いている企業の話も耳にする。

しかし、顧客志向での事業活動を目指しながら、「導入フェーズ」に含まれるような顧客ロイヤルティの定量化や財務指標との紐づけを行っているという企業は少ないのが実態である。

カスタマーエクスペリエンスを向上させていくためには、様々な部署を巻き込み、現場の社員一人ひとりの日々の仕事がカスタマーエクスペリエンス向上につながるものに変わっていく必要がある。これは時間のかかる取り組みであり、一時の盛り上がりや意欲ある一部の部署・社員任せの活動では、顧客とのやり取りを担う全ての部署や現場の社員一人ひとりにまで浸透させることは難しい。

その意味で、導入フェーズにおいて顧客ロイヤルティ向上が売上・利益向上につながることを実データで証明しておくことは、活動を拡大・継続していくにあたって極めて重要なプロセスとなる。

導入フェーズにおいて、顧客ロイヤルティ向上が自社のビジネスの成長にとって価値があることを証明し、全社に展開していくための説明材料を揃えることによって、その後の全社展開や成果実現を進めやすくなる。

以下では、導入フェーズにおいて顧客ロイヤルティ指標を定義し、小さな成功をおさめるための方法について説明していこう。

カスタマーエクスペリエンスマネジメント導入フェーズに行うべき6つのステップ

先述のステップの通り、導入フェーズで達成すべき要点は3つある。

  • 顧客ロイヤルティを管理する自社にあった指標を定義する
  • 顧客ロイヤルティと売上効果をデータによって証明する
  • 小さなものでも良いのでカスタマーエクスペリエンス向上によって実際に成果を創出し、データによる証明を裏付ける

次回以降のコラムでは、これらの要点を実現するための6ステップについて詳細を取り上げる。

注1)NPSは、ベイン・アンド・カンパニー、フレッド・ライクヘルド、サトメトリックス・システムズの登録商標です。

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  • 執筆者:遠藤直紀
    株式会社ビービット 代表取締役

    アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)を経て2000年にビービットを設立。現在は、東京・台北・上海の3拠点にて顧客ロイヤルティ経営、およびユーザ中心のデジタルマーケティングを支援。共著書に『売上につながる「顧客ロイヤルティ戦略」入門』『ユーザ中心ウェブサイト戦略』。TED×Todai 2013にて「貢献志向の仕事」講演。ほか、講演・寄稿多数。横浜国立大学経営学部卒。