顧客満足が高いのに競合に勝てない理由とは?【顧客ロイヤルティコラム: 第1回】
あなたの会社の顧客満足度向上活動は収益につながっているだろうか。そもそも顧客満足と収益の間には本当に関係があるのだろうか。21世紀のビジネスにおいて、顧客満足に代わって顧客ロイヤルティが必要とされる理由を説明する。
実は売上につながらない「顧客満足」
顧客はビジネスの中心であり、自社に対する顧客からの評価を知るために、定期的に顧客満足度調査を行っている企業も多い。
だが、その顧客満足がビジネスの成長に本当に意味があるものか、考えたことはあるだろうか。
実は「顧客満足と企業の成長はそれほど関係がない」ということが近年明らかになっている。実際、満足度が高いにも関わらず収益が伸び悩む企業は数多い。
顧客満足度が企業の成長につながらないのは何故だろうか。その理由は、自分が顧客として満足度調査に回答する場面を考えてみれば分かりやすい。
- 「競合の方が良い」と思っていても、特に不満がなければ「満足」と回答する
- 満足していたとしても、再度購入するつもりとは限らない
- 回答する時点では再度購入するつもりだったとしても、その後新しい商品が登場したり、ニーズが変わったりすることが往々にしてある
- そもそも満足度アンケートの回答は面倒で、明確な満足や不満がない限り、協力しようと思わない
「あなたは我が社の製品・サービスに満足しましたか」という問いに対する回答は、顧客の将来の購買行動との結びつきが薄く、事業成果の予測としては不十分なのである。
売上につながる「真の満足」=顧客ロイヤルティ
ビジネスの管理指標として限界のある顧客満足度に代わって近年注目を集めているのが、「顧客ロイヤルティ」という概念である。
顧客ロイヤルティは、ベイン・アンド・カンパニーのフレッド・ライクヘルドなどを中心に研究が進められており、ロイヤルティが事業成長につながっていくプロセスが様々な業界・企業の実データに基づき、明らかにされつつある。
顧客満足と顧客ロイヤルティの違いを端的にまとめると下記のようになる。
- 顧客満足...顧客の期待に応えることで生まれる、機能・スペックなどへの実質的な評価
- 顧客ロイヤルティ...顧客の期待を上回ることで生まれる、信頼や好意などの感情的な評価
社会が右肩あがりに成長していた時代は、顧客の満たされていない期待は多く存在し、それらの期待に確実に応えていくことが新規顧客の獲得と企業の成長につながった。この時代においては、「顧客満足」はビジネスの管理指標として有効に機能していたと考えられる。
一方、品質の高いモノやサービスがあふれ、新規顧客の獲得よりも既存顧客の維持が重要になった現在、顧客の次回の購入を促すには、製品やスペックへの満足に加えて「期待以上の対応をしてくれて感動した」「企業姿勢が好き」といった企業との深い関係性が必要になっている。この関係の深さを評価する指標が「顧客ロイヤルティ」なのである。
顧客が期待している最低限の価値を満たすところから、顧客の期待を上回り関係性を深めていくまでのプロセスは以下のように整理される。あなたの企業が顧客に対して提供しようとしている価値は、顧客ロイヤルティを創出するものになっているだろうか。
顧客ロイヤルティを計測するための指標「NPS (注1)」
顧客ロイヤルティが注目を集めているのは、ロイヤルティという曖昧な概念を数字によって定量化する手法が開発され、ロイヤルティが企業収益と実際に結びついていることを証明できるようになったことも背景にある。
顧客ロイヤルティを定量化する方法については様々なものがあるが、その代表が「NPS(Net Promoter Score。ネットプロモータースコア。正味推奨者比率)」である。
NPSは、自社の顧客に対して「当社を友人や同僚に薦める可能性はどのくらいありますか?0点(絶対おすすめしない)から10点(強くおすすめする)でお答えください」と質問し、9点・10点をつけた人(推奨者)の割合から、6点以下をつけた人(批判者)の割合を引くことで算出される。
実際に各社の顧客行動データを分析した結果、「当社に満足しましたか?」「当社へのロイヤルティはどのくらいですか?」「当社を継続的に利用したいですか?」といった質問に比べ、NPSの方が購買行動との相関が高いことが分かっている
NPSの調査・分析方法の詳細についてはこちらのコラムをご参照頂きたい。
あなたの会社の利益は良い利益?悪い利益?持続的成長を目指す新指標「NPS」とは
顧客ロイヤルティ追求の先進企業 (1)オオゼキ
ロイヤルティの追求にいち早く取り組み、成功を収めている企業の事例を紹介しよう。(以下2例とも、『売上につながる「顧客ロイヤルティ戦略」入門』遠藤直紀+武井由紀子著、2015年より)
顧客ロイヤルティ調査でスーパー業界1位のオオゼキは、東京都心に40店舗(2015年10月現在)を展開する中堅食品スーパーである。経常利益は常に業界トップで、26年連続増収、過去に1店も閉店したことがない。
オオゼキでは「個店主義」という方針のもと、以下のような一見効率に反したり、コスト増につながったりするような取組みも積極的に行い、顧客との関係性を深めることを重視している。
出店エリアの顧客ニーズに合わせ、価格設定から品揃え、店舗デザイン、店舗ロゴまで各店舗で個別に変更
顧客からの要望があった商品は、一点でも必ず仕入れる
顧客ニーズにあった売り場になるよう、仕入れから受注、値段設定、販売などの権限を各店舗の売り場担当者に移譲。それを可能にするために正社員比率を70%にまで高めている
顧客のニーズに即した売り場を作ることによって、顧客は「自分の店」という感覚を持ち、常連客として継続的に利用してくれるようになる。また、的確な品揃えは廃棄ロス率を低下させ、売り場効率を高めることにもつながる。実際、オオゼキは常連客が非常に多く、一日あたりの来店客数は東京都の人口の1%を超えるという。
顧客ロイヤルティ追求の先進企業 (2)ソニー損保
ダイレクト型保険で業界ナンバーワンの売上規模を誇るソニー損害保険も、全社にNPSを導入し顧客ロイヤルティを追求する体制を整えている。
彼らは顧客アンケートでNPSを取得するのはもちろんのこと、評価が低い一部の顧客には役員や責任者が直接電話ヒアリングを行い、全社を挙げて顧客を理解することに努めている。
また、NPS向上に寄与することであれば一時的に収益の減少につながるとしても、積極的に実施している。
- 契約期間中に誕生日を迎え、保険料が安くなる年齢条件に変更できる契約者に対し、契約期間中でも契約内容の変更をすれば保険料の差額を返金できる旨の案内を電話やメールでお知らせ
- 大雪の被害を受けた地域の顧客に対して、保険金の支払いが増えることを認識しながらも、雪による車の損害が車両保険で補償される旨を伝える「雪害お見舞いメール」を配信
これらの施策は、企業視点から見れば保険料収入の減少や、保険金支払いの増加につながる。しかし、自社都合よりも顧客メリットを優先することによって、損害保険会社に対する顧客の期待を上回り、Twitterでソニー損保の対応を紹介するつぶやきが流れるなど、企業と顧客の関係性を深める結果をもたらしている。
人的つながりがない分、保険会社の乗り換えも容易なダイレクト型保険で長年トップを走り続ける背景にはこういった顧客志向の取組みが存在しているのである。
連載バックナンバー
- 第8回:ロイヤルティ指標を決め、ジャーニーマップを描く
- 第7回:顧客志向の実践的アプローチ「カスタマーエクスペリエンスマネジメント
- 第6回:「カスタマーエクスペリエンス向上」における3つの間違い
- 第5回:ロイヤルカスタマー創出に必要な「指標」と「観点」
- 第4回:CRMと顧客ロイヤルティ向上の違いとは?
- 第3回:ロイヤルカスタマー創出のROIを考える
- 第2回:ロイヤルカスタマーは売上上位顧客ではない
- 第1回:顧客満足が高いのに競合に勝てない理由とは?
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執筆者:遠藤直紀
株式会社ビービット 代表取締役アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)を経て2000年にビービットを設立。現在は、東京・台北・上海の3拠点にて顧客ロイヤルティ経営、およびユーザ中心のデジタルマーケティングを支援。共著書に『売上につながる「顧客ロイヤルティ戦略」入門』『ユーザ中心ウェブサイト戦略』。TED×Todai 2013にて「貢献志向の仕事」講演。ほか、講演・寄稿多数。横浜国立大学経営学部卒。