顧客を巻き込み、改善施策を具体化する【顧客ロイヤルティコラム:第13回】

成功確度の高い改善施策をリリースするためには、施策の企画段階から顧客フィードバックを取り入れ、修正を繰り返していくアプローチが有効である。実顧客による検証と早期プロトタイピングを特徴とする「ユーザ中心設計手法(UCD)」について、そのポイントを説明する。

顧客ロイヤルティコラム向上のアプローチ「カスタマーエクスペリエンスマネジメント」について、過去5回のコラムでは顧客ロイヤルティの現状と解くべき課題を定量・定性の両面から明らかにする方法について述べてきた。

今回は最終ステップであるステップ6について、これまでの分析結果を受け、成功確度の高い施策を具体化していくための方法について紹介する。

※各ステップのコラムはこちら
ステップ1・2 ステップ3(前半)ステップ3(後半)ステップ4 ステップ5 │ ステップ6(今回)

【ステップ6】成功確度を高めるユーザ中心設計手法 ...施策導出・検証・実行

顧客調査によって、ロイヤルティ創出上の課題とその原因、対応優先度を整理した後は、そのインプットをもとに改善活動を行っていくことになる。

しかし、改善活動の具体化が進むにつれ、「○○は現場の工数が増えるから実施できない」「○○を行うよりも、△△を導入した方が良いのでは」といった意見が関係者から出され、総論賛成・各論反対の状態になり、議論が進まなくなることが多い。

議論を進めるために妥協を繰り返した結果、最終的に実行される施策は顧客体験の向上につながらないものになってしまった、あるいは、時間と費用をかけて検討した施策が、実際にリリースしてみると顧客に受け入れられず、ロイヤルティ向上につながらなかった、という事態も考えられる。

このような事態を避けるためには、施策具体化のプロセスに顧客を巻き込み、効果検証をクイックに繰り返す「スパイラルアップ型」のアプローチを取り入れることが有効である。

ウォーターフォール型手法とスパイラルアップ型手法

従来の製品・サービス開発では、最初に達成すべき要件を決め、その要件を達成するための仕様を固め、仕様に沿って設計するという「ウォーターフォール型」のプロセスで進められることが多かった。

ウォーターフォール型のプロセスは、開発初期にプロセスの全体像が固まるため、開発に必要な期間やコストが見積りやすいというメリットがある一方で、開発の途中で発生した市場環境の変化や、新たに得られた顧客に関するインプットに臨機応変に対応することが難しかった。

そこで近年新たな方法論として注目されているのが、「ユーザ中心設計手法(User Centered Design。略してUCD)」「デザイン思考アプローチ」や「リーンスタートアップ方式」などと呼ばれるスパイラルアップ型の手法である。

これらの手法は呼称は異なるもののコンセプトは共通しており、いずれも最初から要件を固めすぎずに、ラフなアイディアの状態でまずは試作品を作成し、その試作品を実際の顧客に使ってもらってフィードバックを得る中で、徐々に要件を固めていくプロセスを経る。

"Fail fast, Learn a lot(素早く失敗して多くを学ぼう)"をコンセプトとするスパイラルアップ型手法は、近年イノベーションを生む手法として注目されており、グーグルやGE、P&Gなど多くの企業で導入が進んでいる。

ここでは、ユーザ中心設計手法(UCD)を例に取り、スパイラルアップ型手法のポイントである以下の2点について詳細を紹介する。

  • 実顧客による検証
  • 早期プロトタイピング

ユーザ中心設計手法の2つのポイント

実顧客による検証

UCDの特徴は、製品・サービスの企画や設計に「仮説」と「検証」というアプローチを導入している点にある。

具体的には、コンセプト策定や基本設計、ビジュアルデザインなどの各作業ステップにおいて、それまでの検討内容を「仮説」として捉え、その仮説を実際の顧客となりうる人に試作品などの形で使ってもらい、仮説が想定通りに機能しているか検証するプロセスを繰り返す。

改善策の検討において、顧客の「意見」ではなく「行動」を重視することの重要性はステップ5 でも述べた通りだが、仮説をなんらか目に見えるモノ(コンセプトレベルの仮説であればパンフレットのイメージ、ウェブサイトやアプリであれば紙に描いたスケッチでも良い)にすることで、顧客のリアルな反応を把握することができる。

例えば、セブン銀行では海外送金サービスを開発するにあたり、サービスの概要や使い方をまとめたA4サイズの簡易パンフレットを作成し、ターゲットとなる在日外国人に見せながら「このサービスを使ってみたいですか?」と質問して回った。その結果、「夜に送金できないと不便」「ここがクリアされないと別の手段を使う」などサービスに求められる要件についてリアルなフィードバックを得ることができたという。(『売上につながる「顧客ロイヤルティ戦略」入門』遠藤直紀+武井由紀子、2015年より)

検討プロセスの中に実顧客による検証を組み込むことで、課題解決に必要な要件が明確になり、最終的にリリースされる施策の成功確度も高まっていく。また、作業が一定進むごとに顧客視点での検証が挟まるため、企業視点での主観的議論を避けられると共に、仮説に誤りがあった場合は早期にそれに気づいて軌道修正を行うことができる。さらに、顧客にとってメリットの薄い機能・要件を開発対象から外し、無駄な作業の発生を抑えられるという点でも、実顧客による検証は是非開発プロセスの中に取り入れて頂きたいポイントである。

早期プロトタイピング

実顧客による検証を行うためには、ラフなアイディアであっても仮説を一度目に見える試作品に変える必要がある。それを行うのが早期プロトタイピングである。

試作品は例えば、製品の改善案であれば3Dプリンターを活用したり、既存の製品をベースに追加パーツをつぎはぎして作成することができる。3Dのモノにすることが難しい場合は、スケッチやパンフレットでも構わない。最近では、ウェブサイトやアプリのプロトタイピングツールとして様々なものが登場しているし、スマートフォンやタブレットは通信機能やカメラ、録音、加速度センサーなどの代用品として利用することができ、試作品を作成しやすい環境になってきている。

簡易な試作品であっても、企画書中のテキストに比べると、最終的なアウトプットについてかなり具体的なイメージを持つことができる。コストをかけずにすぐに入手できるものを利用する形で構わないため、早い段階から試作品を作成してみることをおすすめする。

早期プロトタイピングを行うメリットとしては、試作品を使って実顧客による検証を行うことで、顧客から早期に高精度のフィードバックを獲得できることに加え、関係者間での意識のすり合わせにつながることも大きい。

口頭や文書での説明で合意が取れたつもりでも、実際には個々人の間でイメージが異なっており、具体的なものが提示されてから「これは想像と違う」といって検討が手戻ることがある。プロトタイピングを行い、最終的なアウトプットのイメージを早期に可視化しておくことで、このような手戻りを防ぐことができる。

セブン銀行のATMリニューアルにおけるユーザ中心設計手法の活用事例

ユーザ中心設計手法を用いた施策具体化の事例としては、2013年に実施されたセブン銀行のATM画面リニューアルがある。

同行には検証用のATMが10台以上並ぶ部屋があり、全国に1万8000台あるATM取引画面と明細票の大幅リニューアルを行う際には、ここに顧客モニターを呼んで試作中の画面を操作してもらい、その様子について行動観察とインタビューを行うことで、試作品の効果検証・修正を行っていったという。

例えば、よくあるATMではカード等の取り忘れを防ぐためにピーピーという音で注意喚起をすることが多いが、試作品を使うユーザの行動からは、コンビニでATMを使っている状況では、音が鳴ると周りが気になるため、かえって急かされているような気になって取り忘れが多くなることが分かった。

この結果を受け、取り忘れ防止機能としては、注意喚起の音を大きくするのではなく、画面上のアニメーションを組み合わせ、画面上でカードや明細票が取り出し口に向かって動く映像を表示することで利用者の視線が自然と取り出し口まで誘導されるように工夫した。

また、効果音も利用者が不快にならないようなチャイム音を採用し、利用者がATMの前にいる場合は音声が再生されないようにし、受け取りを急かさない仕様を導入したという。(『売上につながる「顧客ロイヤルティ戦略」入門』遠藤直紀+武井由紀子、2015年より)
このような実際に利用する顧客の心理を理解した細かな設計は、提供者側の「顧客ニーズはこうなっているはずだ」という発想だけでは実現することが難しい。試作品を作り、実際のユーザのフィードバックを得るというプロセスを経たからこそ、ここまでの改善が実現されたといえるだろう。

顧客への共感が活気あるチームを作る

ユーザ中心設計手法を用いることのメリットは、成功確度の高い施策を効率的に具体化できることだけにとどまらない。

顧客が試作品を使う様子を観察すると、使い方が分からず困っていたり、欲しい機能が十分に備わっておらず不便を感じている光景を目の当たりにすることになる。

人間は他の人が困っている様子を見ると共感機能が刺激されるというが、自分が関わっている製品・サービスを顧客が使う様子を見ることで、企業側の担当者は「顧客が抱えている課題をなんとか解決してあげたい」という気持ちを抱いたり、開発している製品・サービスの意義を改めて認識したりすることができる。このような気持ちがチーム全体で共有されれば、同じ目標に向かってエネルギッシュに活動することが可能になる。

実際の顧客の様子を見ることは、開発担当チームのマインドを変える以外にも、部門や社内論理を優先しがちな社員や役員陣の視点の目線を顧客に向けることにも効果を発揮する。

組織が大きくなるにつれ、現場の顧客接点を担う社員以外は自社の顧客と接する機会が減少して、気づかないうちに視点も内向きになっていく。顧客調査のレポートを受け取っていても、集計された数字から、その向こうにいる生身の顧客一人ひとりを想像するのは難しい。

そのような状況の中で、顧客が自社とのやり取りの中で感じた不満や喜びについて語るインタビューや現状の製品や試作品を使う様子を見ることは、顧客に対する共感を呼び起こし、顧客の視点で自社の活動を見直すきっかけとなる。実際、筆者の会社のクライアントの多くが、定性調査を見学した直後に、「今回の調査のビデオを社内でも上映し、役員を含めて共有したい」と相談してくる。

ロイヤルティ向上には顧客に対する深い理解が欠かせないが、ステップ5で取り上げた定性調査や、ステップ6のユーザ中心設計は、ロイヤルティ施策の導出だけでなく、顧客を理解しようとする企業文化の形成にとっても意味のあるステップだといえる。

まずは小さな成功を目指す

ここまで、企業全体として顧客ロイヤルティを生み出すための「カスタマーエクスペリエンスマネジメント」の導入フェーズのステップ1から6を説明してきた。

導入フェーズではこの6ステップを経て施策を実施することで、ロイヤルティ向上の必要性を社内に説明するための成功事例を作ることが目標となる。

どのような活動も成果が見えなければ、継続して実施し続けるのは難しい。ロイヤルティ向上が収益向上やコスト削減、あるいは社員モチベーション向上など、自社のビジネスにとって意味があることを小さなものでもよいので実績として示すことで、ロイヤルティ向上の必要性を組織全体に発信することができるだろう。

●カスタマーエクスペリエンスマネジメントに関する書籍のご紹介

『売上につながる「顧客ロイヤルティ戦略」入門』

本コラムで紹介した内容以外にも、各ステップを進めていく上での注意点や事例をより詳しく紹介している他、ロイヤルティ向上活動を全社に展開し、活動を維持していく方法についても触れています。

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  • 執筆者:遠藤直紀
    株式会社ビービット 代表取締役

    アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)を経て2000年にビービットを設立。現在は、東京・台北・上海の3拠点にて顧客ロイヤルティ経営、およびユーザ中心のデジタルマーケティングを支援。共著書に『売上につながる「顧客ロイヤルティ戦略」入門』『ユーザ中心ウェブサイト戦略』。TED×Todai 2013にて「貢献志向の仕事」講演。ほか、講演・寄稿多数。横浜国立大学経営学部卒。

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