インサイト発掘の事例【デジタルサービス開発の着眼点: 第2回】

前回の記事では、ユーザにとって価値のあるサービスを開発するためには、インサイトとフリクションを把握することが重要であることを解説した。今回は、インサイトを発掘することでサービス改善に成功した事例を紹介する。

インサイトとは

事例紹介の前に、前回の記事でも解説したインサイトの定義をもう一度復習する。インサイトとは、表に出ないユーザのホンネのことである。さらに、筆者は以下の2つを満たすものがサービス開発に意味のあるインサイトと考えている。

  • 言葉にされていない暗黙の考え方・価値観を、共感できるように言い表している
  • ビジネス上の新たな方針を導くことができる

これをふまえて、インサイトを活用した事例を見ていく。事例の中には、デジタル技術を直接的には使っていないものが多いが、サービス開発における考え方の一つとして捉えれば、現在でも十分に応用できるだろう。

<事例1:ナショナル食洗機> 子育てユーザの価値観とは?

最初の事例は、ナショナル(現パナソニック)の食洗機の販売戦略に関するものである。食洗機の市場は2003年をピークに年々減少し、普及率が20%で伸び悩んでいた。当時は薄型テレビなど他の家電に人気が移り、食洗機の家庭での優先順位は落ちつつあった。そのような中で、ナショナルでは新しい食洗機が開発され、食洗機のニーズが高いとされていた子育て中の親に向けた販売戦略を考えることとなった。

当時、他社の食洗機では「最新の洗浄技術によって家事が楽になる」という内容が主に訴求されていた。しかしナショナルでは、既に市場が飽和しつつある中で技術を訴求してもあまり効果がないと考え、子育てをしている親の日常生活の調査から始めた。

すると、子育て中の親の多くは「自分の家事だけ楽になっては、子育ての手抜きをしていると見られてしまうのではないか」と考えていることがわかった。彼らは「子育てを楽しくこなす愛情深い親」でありたいと感じていた。それゆえ育児と家事のストレスを表立って解消することに罪悪感を持っており、食洗機への需要を押し殺していたのである。(図1)

図1: 子育て中の親のホンネ

これをふまえ、ナショナルは食洗機の価値として訴えるものを大きく変えた。食洗機を「家事を楽にする道具」ではなく「子供と一緒にいられる時間を長くする道具」として打ち出したのである。機能の訴求や広告戦略も全て、愛情深い子育てを応援するという文脈で行われた。その結果、販売を開始した期の売上は前年同期比で140%にのぼり、低成長とされていた市場で大きな成功を収めることができた。(*1)

その後このインサイトは他の家電にも応用され、ナショナルは「子育て家電」という新たな市場を作り出したのである。

この事例でのインサイト発掘
子育て中の親は、自分の家事だけが楽になることに罪悪感を持ってしまう。
⇒食洗機の価値を「家事の効率化」から「子供との時間を増やすこと」に転換。

(*1)桶谷功「インサイト実践トレーニング」(08年、ダイヤモンド社)p9

<事例2:ナノックス> 主婦は洗剤に何を求めているか?

2010年に、ライオンは液体洗剤「ナノックス」を発売した。この商品の強みは、新しい成分による高い洗浄力だった。しかし、当時既に洗剤や洗濯機の市場は成熟しており、洗浄力を訴えるだけでユーザを惹きつけるのは難しい状況だった。そこでライオンでは、ほぼ毎日洗濯を行い洗剤選びにも興味を持っている主婦を対象に、グループインタビューや洗濯機まわりの写真の分析などを行い、彼女たちが洗剤に求めるものが何かを調査した。洗剤の訴求として最も一般的なのは、「汚れを落としてキレイな白さを実現する」というものである。しかし、ライオンの調査で得られたインサイトは、それとは大きく異なるものであった。

ほぼ毎日洗濯をする主婦の場合、家族が着た服を洗濯することは毎日の習慣であった。すなわち、毎回汚れを目で確かめることなく、服を洗濯機に放り込んでいるのである。洗濯後にどれだけ白くなったかは、あまり意識されていないということがわかった。では、汚れているかどうかを何で判断しているかというと、それは服に染みついたニオイであった。家族の服には、夫の加齢臭や子供の汗臭さなどが残っていることが多い。多くの主婦は、洗濯をする時にこれらのニオイを気にしていたのである。(図2)

図2:毎日洗濯をする主婦のホンネ

このインサイトに基づき、ライオンはナノックスの価値として伝えるものを「ニオイまで落とすこと」に変化させた。そして、CMに犬を起用するなどしてニオイへの効果を前面に押し出し、半年で当初の販売目標を30%上回ることができた。(*2)

この事例でのインサイト発掘
毎日洗濯をする主婦は汚れを目で見ず、服に染みついたニオイを気にする。
⇒洗剤の価値を「高い洗浄力」から「ニオイまで落とすこと」に転換。

(*2)顧客のインサイトをつかめ!第5回 定性調査で引き出した主婦の「コンパクト」「におい取り」欲求(日経情報ストラテジー)

<事例3:IKEA MÄNLAND> 買い物嫌いな男性客にどう対応するか?

3番目の事例は、IKEA Australiaが2011年に行った取り組みである。彼らの課題は、「男性の利用客を伸ばすにはどうするか」というものだった。

当時は、各家庭の買い物における男性の役割が大きくなり始めており、男性が小売業界の新たなターゲットとなっていた。しかし、売り場の構成や商品の訴求は依然として女性向けが多く、男性が場違いな感覚を持ってしまうことが多かった。このため、男性客向けの戦略を整備していくことが、小売業界全体の課題となっていたのである。

IKEAでも買い物ガイドを作るなどの対応を行っていた。しかし「そもそもパートナーがIKEAに行きたがらない」という女性客の声が依然として多かったため、さらに男性客の来店を促すべく調査を行った。

すると、男性客の中には店内を周らずに、座って待っている人が一定数いることが分かった。しかも、腰掛けている間も特にやることはなく、手持ち無沙汰に時間を潰していたのである。彼らはIKEAに連れて来られたものの、もともと長い時間をかけて買い物をすることがそこまで好きではなかった。しかし、IKEAでは長時間の買い物以外にできることがないため、買い物をしたくなければひたすら暇な時間に耐える以外になかったのである。また、このような男性と共に来店した女性の側も、男性がいない方が自分のペースでゆっくり買い物できると感じていることが分かった。

そこでIKEAでは、彼らのような男性を買い物に参加させることを諦めた。そのかわりに、男性が好きそうな雑誌や遊び道具を集めた「MÄNLAND」を設置し、男性が楽しく時間を潰せるようにしたのである。その間買い物をしている女性には、30分ごとに鳴るブザーを渡すことで、男性を置いて帰ってしまうのを防ぐという仕組みを取った。MÄNLANDの様子は、IKEAのYoutube動画で見ることができる。

この施策は父の日がある週末に実験的に行われたが、訪問客は前年同時期よりも8%増加したという。(*3)

この事例でのインサイト発掘
男性がIKEAに行きたがらないのは、行っても長時間待つだけになってしまうため。
⇒このような男性を買い物に参加させるのではなく、楽しく時間を潰してもらう。


(*3)Spikes Asia 2015

インサイトを見抜くために必要なこと

有効なインサイトを得るためには、ユーザの普段の行動や価値観まで理解する必要がある。ユーザの話を聞けば良いのではないか、と思うかもしれないが、実は多くの場合、ユーザ自身も自分から上手にホンネを説明することができないのである。

これをよく示す例が、ある会社で行われた、食器についてのグループインタビューのエピソードである。参加した主婦は一様に、デザインセンスのある「黒くて四角い皿」が一番良いと答えた。ところが、座談会終了後に好きな皿を持って帰って良いと言われたところ、全員が「白くて丸い皿」を選んだのである。その理由は、「家にある他の皿と合う」「黒だと料理が映えない」といったものであった。ユーザ本人に話を聞いたとしても、皿を選ぶというリアルな状況に置かれない限り、正しいホンネを引き出すことは難しいのである。

特に、自分と大きく違うユーザを理解するときには、自分の考え方とのギャップを埋めることが重要になる。例えばパナソニックの例では、食洗機についてだけではなく、日頃の育児の悩みまで遡って調査をしている。ナノックスの例でも、洗濯機まわりの写真や実際に洗った洋服を提供してもらうことで、ユーザの洗濯の実態を深く理解することができた。いずれも、主婦を中心としたユーザの行動を理解するために必要なことだったのである。

次の回では、第1回で説明した「フリクション解消」をサービスに活かした例を紹介する。

※コラムの更新はビービットのFacebookページでお知らせしています。
ぜひ「いいね」をお願いします!

※本コラムに関連して以下のような課題・プロジェクトに対応可能です。

・顧客視点から自社サービスの伸びしろを見つけたい
・顧客が自社サービスのどこに価値やストレスを感じているか把握したい

お問い合わせからお気軽にご連絡ください。

  • 執筆者:宮坂祐
    (エグゼクティブマネージャ/エバンジェリスト)

    一橋大学法学部を卒業後、ビービット入社。金融、電機メーカー、メディア等の大手企業・ネット先進企業のウェブサイト改善・再構築に関するコンサルティングプロジェクトを多数手がけ、クライアントの成果向上に貢献。累計1000人超のユーザ行動観察調査の経験をもとに、近年は講演や執筆活動も実施。

  • 執筆者:大谷直也
    (コンサルタント)

    東京大学経済学部を卒業後、ビービット入社。人材、メディア、金融機関等のウェブサイト・デジタルサービス改善プロジェクトに携わった後、現在はテクノロジーとユーザ中心設計に関する調査・研究活動に従事。