デジタルオーバーラッピング時代のOMO-UXとは ―中国デジタル先進環境の本質―
デジタル化が進み注目を集めている中国。そこで起こっていることを、18年間UXを考え続けたビービットの視点から解説します。
視察では分からない、中国のデジタル先進事例の本質
今、多くの企業やインフルエンサーが中国視察に行っている。
中国のデジタル環境の急激な進化により、中国社会とそこに住む人々の内面にまで変化が及びつつある、という噂が広まっているからだ。
beBitでも中華圏事業を始めて6年、最前線のエクスペリエンスデザインを行ってきた。興味深いのは、中国を視察して帰ってきた方々であっても、我々の切り口で改めて中国で起きていることを説明すると、「そういうことだったのか」という反応を頂けることである。
正直、外から見ても中国に起きていることは事例にしか映らない。モバイルペイメントが普及している、シェアリング自転車がすごい、その程度に留まってしまう。
そして「中国の特殊環境だからできること。日本とは違う。」で終わってしまうのである。
しかしUXを18年やってきたbeBitの視点から見ると 、本当に起きているのはデジタルを最大限活用してリアルを飲み込む大きな社会変革であり、以下のようなことだ、と見えている。
社会構造の変化「デジタルオーバーラッピング」とは
端的に言うと、「オフライン行動が全てデジタルデータ化したため、オンラインとオフラインの差がなくなり、あらゆる行動データが利用可能になった時代」を指している。
中国でまず例に挙げられるのは、AlipayやWechat Payによるモバイルペイメントが劇的に普及し、都市圏では現金を持ち歩かなくなっており、物乞いまでもがQRコードをかざさないとお金をもらえない、という状況になっていることだ。これはもはや誰もが知っている。
便利さはもちろん素晴らしい。しかし仮想通貨やモバイルペイメントの登場が起こす本質的な社会変化は、食事、移動、レジャーなどこれまでオフラインの行動だったものが、全て活用可能なオンラインデータ化し、個票(個人ID)に紐づくことにある、というのがbeBitの見解だ。
詳しくは、Ledge.aiの中村健太さんが弊社の中国視察にお付き合いいただいた時の記事をご覧いただきたい。丁寧な事例解説から、見事にデジタルオーバーラッピングを説明してくれている。
中国はもう『規模だけの市場』ではない。僕らが今理解すべきデジタルオーバーラッピングの本質と威力
デジタルオーバラッピング時代のOMO戦略とは
OMOとは、Online Merges (with) Offlineの略である。Sinovation Venturesの李開復氏が提唱し、2017年9月頃から使われている。
単純にOnlineとOfflineが溶け合ったものとして世界を見るべきという説もある。
しかし、実際に中国で成功している先進企業のビジネスの捉え方は、「オンラインとオフラインを分けるのではなく、一体として捉え、これをオンラインにおける戦い方や競争原理から考える」となっており、デジタルオーバーラッピング時代の勝利の法則は、このOnline「が」、Offline「を」マージしているというOMOの考え方にある。
このOMOの考え方では、店舗、人的リソース、商品といった制約の多いリアル接点は、デジタルと同じように扱い、データを使って高速改善すべきもの、と捉えられている。
初めてOMOという言葉に触れたのは、中国現地の先進企業への企業訪問の時だ。衝撃的な体験であったので、例としてお話ししたい。
大手カーメーカーVS先進ジャーニー型カーメディア
某大手カーメーカーと一緒に、北京にあるBitAutoというカーメディアに訪問した。
この企業は、免許を取る→車を買う→使う→売る→また買うというカーライフにおいて、それぞれのステージに関わる企業20社以上に投資をし、データを統合してコンサルティングを行っていた。
彼らは「このシナリオに沿って顧客の行動を出来る限り可視化し、理解してこそ、真に顧客中心のビジネスが出来る」と豪語していた。
同行したカーメーカーから、このような質問が飛んだ。
「御社はオフライン店舗を出して、車に関するC向けのコンサルティングや、メンテナンス品の販売などをしていますよね。
何故オンライン企業の御社が、わざわざコストのかかるオフライン店舗を出すんですか?これを含む大きなO2O戦略の絵などがあれば、教えてください。」
すると、BitAutoの方は困った顔でこのように言った。
「O2Oですか...その考え方自体がもう古くて、我々は使いません。今我々はOMOと言うんです。今やオンラインとオフラインを区別する意味はありません。
ビジネス視点で見るとチャネルで分けてしまうかもしれませんが、ユーザはその時選びたい便利なものを選んでいるだけです。先ほど見せたユーザのジャーニーで見ることが大事なんです。」
困惑しながら、カーメーカー側からなかなかきわどい質問が出た。
「我々も同じように、カーライフ全体を押さえに行きたいと思っています。今は協力関係だけど、将来的にはぶつかることもあるのでは?」
すると、BitAutoはこう答えた。
「今は一緒に車業界を盛り上げていきたいと思っていますが、将来的にはパワーゲームになるかもしれませんね。その時は高頻度・少額取引のタッチポイントを抑えて、集まったデータをプロダクトとUXの改善にいかに早くつなげられるかが勝負になると思います。」
この発言に、カーメーカー側は絶句せざるを得なかった。
実は同じようなO2O戦略に関する質問をJD.com(京東)の無人コンビニを担当している部署にも聞いてみた。
すると以下のような答えが返ってきた。
「O2Oという考え方はもう古くて、そういう分け方はしていないです。確かに無人コンビニに非常に力を入れていますが、無人コンビニは我々にとってはUIの一つに過ぎないです。モバイルやPCと何か違いますか?」
つまり、リソースを割かない無人コンビニの裏側にはデータが走っているので、モバイルからECでカートに入れることと、データ化されたコンビニで買い物をすることには、何ら違いがない、というのだ。
是非、アリババによるニューリテーリング戦略を担う、最近話題のスーパー、盒馬鮮生(フーマー)もこの視点で見ていただきたい。
「3km圏内ならいつでも30分以内に商品が届く」といったいわゆるECの競争原理を極限まで突き詰め、その結果、「ECの倉庫にユーザがウォークインする」という形を取ることで、オンラインとオフラインの境界をなくし、「いつでも選びやすい方法で新鮮なものをすぐに手に入れられる」という状況を創り出している。
完全にOMOの視点から作られていることが分かるだろう。
OMO-UXの要諦
中国で起きている新しい競争の状況をご理解いただけただろうか。このOMOの考え方によって、中国では次々と産業構造の破壊が起きている。残念なことに、日本で起きているデジタルトランスフォーメーションの多くは、逆OMOともいえる、「オフラインアセットをオンラインに変える」といった考え方になっている。
OMOで考えている先進企業が最も大事にしているのは、商品でも店舗設計でもなく、顧客の体験、つまりUXである。これらの先進企業に訪問して話を聞くと、口をそろえて「ユーザ中心で体験をより良くすることが最重要」と答える。
OMO-UXは、従来のデジタルUXよりも遥かに広範囲、かつ高次元であるが、最も重要なのは、BitAutoが言っていることである。
「高頻度・少額取引のタッチポイントを抑えて、集まったデータをプロダクトとUXの改善にいかに早くつなげられるかが勝負」
デジタルオーバーラッピングを背景にすると、店舗、商品、人といったあらゆる「旧オフライン接点」もデジタル化するのだから、デジタル時代にできた高速のPDCAをこの「旧オフライン接点」にも行う必要がある。それが高速であればあるほど、競合他社に差を付けられる、というのがOMOの競争原理だ。
今回はこのOMO-UXを実行する上で最重要と考えられる3つの要諦を記して、締めくくりたい。
- 商品や技術より、全体体験によって夢中にさせることが重要。
商品や技術のみで考える時代は終焉。商品を作っても、例えばアプリと一緒にどんな体験を作り、ずっと好きになってもらい続けるか、 どのように他の接点と繋げて、より体験を豊かにするかを考える。 - その全体体験を如何にデータに分解、還元して、高頻度で利用可能にするか。
データ獲得の主目的は、体験改善であると捉えることが肝要。効率化やアップセルばかり考えては、顧客は体験がどんどん良くなる他社に逃げるばかり。体験改善を高速に回すこと以外に、競合との勝負に勝つ道はない。つまり、より高頻度で継続的な接点確保は必須(例えば顧客接点が年に1回ではどうにもならない)。 - データでタッチポイントを高速改善するにはジャーニーベースのデータが必須。
そもそもUXとは、一人の人に着目して前提の心理や文脈を捉えること。何故ならそれによって因果が分かり、本当の課題が何処にあるから。一人ひとりのジャーニーを見られる個票データを把握できないと、因果を捉えられず、改善が的外れなものになってしまう。
今後beBitでは、OMOや新しい時代のUXをどう考えるべきか、について、UXを海外で実践し、検証し、かつ新しい情報を収集した知見を元に、情報発信していく予定です。
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文:藤井 保文(東アジア営業責任者)
東京大学大学院修了後、2011年にビービットに入社。
コンサルタントとして、金融、教育、ECなど様々な企業のサイト・UX改善を支援。
2014年以降は台北・上海のビービットオフィスで、日系企業や現地企業のUX改善プロジェクトに携わる一方で、営業責任者として関係構築を進めている。
2017年より上海在住。