フリクション解消の事例【デジタルサービス開発の着眼点: 第3回】
ユーザにとって価値のあるサービスを開発するには、インサイト発掘とフリクション解消に注目することが重要と考えられる。今回は、フリクションを解消するという切り口からサービスの開発や改善を行った例を紹介する。
フリクションとは
第1回の記事でも説明したが、フリクションとは英語で「摩擦」を意味する。サービス開発の文脈では、ユーザを購買などのゴールにたどり着かせないよう、心理的負荷をかけるものを指す。
フリクションには大きく2種類あり、ユーザが行動を起こす気力が十分にないことから生じる「モチベーション由来のフリクション」と、タスクが難しすぎることによる「難易度由来のフリクション」がある。
このうち、モチベーション由来のフリクションの方は存在自体に気がつきにくいことが多い。これから紹介する例でも、ユーザの行動を調べることでモチベーション由来のフリクションが明らかになり、そこからサービスをより良くしていったものが中心となっている。
<事例1:Amazon Dash Button> いつもの家庭用品を買えずに切らしてしまうのはなぜ?
Amazonは、テクノロジーによってユーザの購買ニーズをよりきめ細かく掘り起こす実験を続けている。その一環として目をつけた課題が、「ユーザが家庭用品のストックを買い忘れ、切らしてしまう」ことであった。
家庭用品を切らしたことに気づいたユーザは、大抵が今すぐ使わなければいけない状況にあるため、慌てて近所の店舗に買いに行ってしまう。配送まで時間差のあるAmazonはほとんど選択肢に入らなくなってしまうのである。また、各家庭用品のブランドにとっても、切らしたのをきっかけに別のブランドに乗り換えられてしまう危険がある。
この課題に対してはこれまでも対応が行われていたが、それはユーザの計画性に頼ったものだった。洗剤などについては各ブランドが詰め替えパックを販売していた他、Amazonでも定期便サービスを行っていた。ただし、それらはユーザが事前にストックについて意識していなければ使われない。また、使うペースが想定より早くなっても補充が追いつかなくなる。これらの対応策も、結局は新しいフリクションを生んでしまっているといえる。
これに対しAmazonが注目したのは、ユーザがストックを買い忘れる理由そのものであった。ユーザは家庭用品を使う間に、残りが少なくなってきたことに気づいている。ただ、その時点では目の前の家事があるため、Amazonや店舗で買い物をしている暇がない。そのため、ストックを買わなければという意識が、家事に追われてすぐに消えてしまうのである。
これをふまえて開発されたのが、ボタン型のデバイスである。(図1)あらかじめWi-fiに接続し、スマホから住所や商品を登録しておけば、後はボタンを押すだけでいつものブランドの商品が注文される。さらに、ボタンはどこにでも貼り付けられるため、洗剤が残り少ないと思った瞬間に、洗濯機に貼り付けたボタンで洗剤のストックを注文することも可能なのである。
図1: Amazon Dash Button(Amazon公式ページより)
このボタンは未来のEコマースを見据えた実験としての意味合いが強く、成果は公表されていない。しかし、筆者はこの事例を、ユーザが家庭用品のストックを買うまでのフリクションをほぼゼロにした、画期的な事例だと考えている。
この事例でのフリクション解消
家庭用品の残りが少ないと気づいても、家事の最中には注文できない。
⇒どこでも貼れて、押すだけで瞬時に注文ができるボタンを開発。
<事例2:Loop Commerce> オンラインストアでプレゼントを買いにくいのはなぜ?
Loop Commerceは、2012年に創業されたスタートアップである。その創業理由は、「オンラインストアでプレゼントを買うときの苛立ちをなくす」ことである。創業者は「オンラインストアは誰かのためにプレゼントを送ることを想定せずに設計されてきた」という課題意識を持ち、Eコマース向けのシステムを開発している。では、プレゼントを買う目的でオンラインストアを使うとき、どこにフリクションが生じるか分かるだろうか。
最大のフリクションは、「送る相手の好みに合っているか判断が難しい」ことである。これは特に、服や小物などを送るときに大きな問題となる。リアルの店舗であれば、手に取って見ることができるうえ店員のアドバイスも受けられるが、オンラインではそうはいかない。サイズが合っているか、相手のセンスと違うものを送ってしまわないかなど、不安を抱えながら選ばなければいけないのである。
このフリクションを解消するべくLoop Commerceが開発したのは、「送られた相手がプレゼントをカスタムできる」システムである。送り主がオンラインストアでプレゼントを買うと、相手にメールが送信され、何がプレゼントされるかあらかじめ通知される。相手はサイズや色などを交換できる他、気に入らなければ送り主にばれないように別の商品に替えることもできる。これにより、送り主は相手について考えすぎず、気軽にプレゼントを送ることができるのである。(図2)
図2:Loop Commerceのしくみ
(Loop Commerce公式サイトをもとに作成)
このシステムは、大手百貨店のMacy'sなど、少なくとも8つのオンラインストアに導入されている。また、Loop Commerceも、PayPalを含めた投資家から累計約3,000万ドルを調達した。(*1)
この事例でのフリクション解消
オンラインストアでは、相手に合うプレゼントを選びにくい。
⇒相手がプレゼントをカスタムできるシステムを開発。
(*1)Loop Commerce | Crunchbase
<事例3:Disney MagicBand> Disneyの世界観に合うフリクション解消方法とは?
最後はDisneyの事例を紹介する。この事例は、フリクションの発見のみならず、それを解消した方法がDisneyの世界観と合致した秀逸なものとなっている。
カリフォルニアにあるDisney Worldは、2000年以降の再訪率が減少していた。もともとDisneyは、創業以来カスタマーエクスペリエンスを重視し、最新のテクノロジーを積極的に導入してきた。しかし2000年以降は、スマホなどのデジタルデバイスへの理解が遅れており、デジタルに親しんだ若い世代のニーズを掴みきれていなかったのである。そこで、当時の社長の肝煎りで、来園客のフリクションをなくすための調査が行われた。
最大のフリクションとして挙げられたのは、Disneyの来園客が判断力や忍耐力を駆使しなければいけない状態におかれていたことである。Disneyはただでさえ混雑しているうえ、園内が広くて迷いやすい。チケットを取るシステムは面倒くさく、取ったチケットやホテルのルームキーなど多くの荷物を管理する必要もある。そのような状態で、全てのアトラクションに乗るつもりの子供に連れ回されるのだから、親には大きなストレスがかかっていたことだろう。
この発見を受けて、Disneyではデジタルを使ったオペレーション改善に力を入れ、レストランとチケットの事前予約システムや、園内で自分の現在位置やアトラクションの待ち時間を確認できるアプリがリリースされた。しかし、Disneyの対応はこれだけではなかった。オペレーション改善と非日常体験の強化の両方を実現する施策を行ったのである。
その施策がDisney MagicBandである。これはRFIDチップを埋め込んだリストバンドで、周囲40フィートに無線通信ができる。また、事前に家庭に郵送されて個人情報やカード情報を登録することもできる。すなわち、MagicBandがチケット・ルームキー・財布の代わりとなるだけでなく、登録した情報を無線通信で送受信することで、よりパーソナライズされた体験を提供できるのである。例えば、プリンセスに会いに行った子供が自分の名前を呼んでもらえたり、予約したレストランに着いた瞬間に料理が運ばれてきたりといった体験が可能になる。MagicBandの詳しい説明と動画は、Disneyの公式サイトに掲載されている。
MagicBandは2014年8月に正式導入され、来園客の半数が利用する人気アイテムとなった。そして、MyMagic+プログラムの成功により、2014年7-9月期の利益は前年同時期より20%上昇した。(*2)
この事例でのフリクション解消
Disneyでは混雑する中で多くのものに気を配らなければならず、神経を使う。
⇒デジタルでオペレーションを改善し、体験のパーソナライズにも活用する。
(*2) The Messy Business of Reinventing Happiness (Fast Company)
フリクションを解消するために重要なこと
フリクションを見つけ解消するためには、まずインサイト発掘の際と同様にユーザの行動を見ることが効果的である。(行動を見ることの重要性は、第2回の最後で解説している。)しかしそれだけではなく、ユーザに負荷のかからないようなサービスを設計し、形に落とすことも必要となる。
フリクションのないサービス設計のために効果的なのは、プロトタイプを使ってPDCAを高速で回すことである。仮に担当者がユーザについて深く理解していたとしても、サービスを形にする段階を独力で行うには限界がある。というのも、担当者はユーザよりもITリテラシーが高い傾向にあるうえ、自分が開発しているサービスに日常的に触れていることが多い。そのため、自分だけで設計しても、使いにくい点を見落としてしまうことが多いのである。それよりは、実際のユーザを呼んでプロトタイプの使い心地をテストしてもらい、改善すべき点を洗い出すという流れを繰り返すほうが、より良い設計につながりやすい。(図3)
重要なのはユーザに貢献する意識
ここまで3回にわたって、デジタル時代のサービス開発の要点を解説してきた。しかし最も根底に持つべきなのは、サービスを通じてユーザの生活や仕事を便利にし、ひいてはユーザ自身も幸せにするという意識である。
自動車メーカーのホンダの原点は、終戦直後に本田宗一郎が作った自転車補助エンジンであるが、その背景にあったのは「自転車にエンジンがつけば、妻の買い出しが楽になるだろう」という想いだったという。ユーザを具体的に思い浮かべ、彼らに貢献するという想いを持つことができれば、インサイトやフリクションに気づきやすくなることだろう。
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執筆者:宮坂祐
(エグゼクティブマネージャ/エバンジェリスト)一橋大学法学部を卒業後、ビービット入社。金融、電機メーカー、メディア等の大手企業・ネット先進企業のウェブサイト改善・再構築に関するコンサルティングプロジェクトを多数手がけ、クライアントの成果向上に貢献。累計1000人超のユーザ行動観察調査の経験をもとに、近年は講演や執筆活動も実施。
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執筆者:大谷直也
(コンサルタント)東京大学経済学部を卒業後、ビービット入社。人材、メディア、金融機関等のウェブサイト・デジタルサービス改善プロジェクトに携わった後、現在はテクノロジーとユーザ中心設計に関する調査・研究活動に従事。