第41回 顧客経験を個別にデザインする「One to One」設計のススメ
より高い次元でユーザ中心設計を実現する「One to One」設計について、事例を交え紹介します。
本コラムのサマリ
- 近年の技術的な進歩により、すべてのユーザに等しく同じ画面をみせるのではなく、ユーザごとに個別最適化したウェブサイトを安価に提供することが可能になった。
- そもそもサイトのターゲットユーザや利用シナリオを考えることがユーザ中心設計の第一ステップであり、それらが練りこまれないままOne to Oneを実現しようとするのは早計。
- しかし、ユーザ中心の設計手法をさらに推し進めるステップにあるウェブマスターは個別最適化を検討すべき。
注意していても「八方美人」設計に陥る現実
近年、多くの企業ウェブサイトでもユーザ中心という考え方のもと、インタビューやアンケート調査・電話や対面でのヒアリング・アクセスログ解析・ユーザビリティテスト・β版評価等、顧客を理解するための様々な取り組みが行われています。
これらに携わったウェブマスターは、顧客の理解について少なくとも「調査から導き出す『平均的なユーザ』は、消費者の本当の姿を反映したものではない」という共通見解に到達しているのではないでしょうか。近年のペルソナ手法の流行は、この事実に多くのウェブマスター、マーケターが気づいたからにほかなりません。
ですが、実際にウェブサイトを作ろうとしたとき、せっかく定義したペルソナを活用できていない方も多いはずです。複数のペルソナを用意し、それぞれのシナリオを作ってみたものの最終的には平準化した「全員を喜ばそうとするサイト」が作成されてしまう―――こんなケースは珍しくありません。平均は消費者の本当の姿ではないことを知っていても、冷徹な目で優先度を付けきれず、要件を捨てられない経験をされていませんか?様々な調査を実施しても、最終的に出来上がったサイトは、八方美人の要素がふんだんに組み込まれ、使いやすいとはいえないものになっていませんか? 本稿では、こうした最終段階での妥協をなくす、一段階先のユーザ中心設計のあり方を提案します。
ユーザ個別の対応を行う「One to One」設計とは
最終的に実現すべきイメージとして、『One to Oneマーケティング』(D.ペパーズ、M.ロジャーズ1995)で紹介されている、前近代的な八百屋の例が分かりやすいでしょう。
この例で示されているのは、一人一人の顧客情報や知識に基づいて顧客を個別に扱う「One to One」アプローチです。ペルソナ手法を採用するステップにまで到達したウェブマスターは、ここに見られるように、適切な顧客満足プログラムを用意するという点こそウェブサイト作りの根本であると気づくのではないでしょうか。同じことをサイトでやるとすれば、「ウェブサイトを訪問するユーザを識別し、サイトが自動的に生き物のように姿を変える」ということになります。Amazonなどが代表的ですが、顧客別にあるべき接し方を行うウェブサイトは、全員に同じ顔をする「八方美人」のウェブサイトとは一線を画します。
もっとも、顧客データベースを用いて、カスタマイズしたコミュニケーションを行うというアイデアは、1990年代末から徐々に紹介されており目新しいものではありません。しかし、仕組みの導入に伴うコスト面の不安から、日本では必ずしも多くの企業がこれらに積極的に取り組んでいるとはいえない状況にあります。
しかし、厳密性を求めなければ、安価にかつて小売店主が行っていたビジネス方法に立ち戻ることが可能であることをご存知でしょうか。例えば、アクセス時の条件を解析し、
- 最後に訪問した日時
- 過去に閲覧したページ
- 訪問頻度
- アクセスしている地域情報
- 流入キーワード
などをユーザ個別に判別し、その条件に応じて画面上のデザインを出し分ける程度の個別対応であれば、高度なDB、システム導入は不要です。ツールによりますが、費用は月間数万円から数十万円程度の投資で実現が可能になっています。
※具体的なツール例として、Rtoaster(http://www.rtoaster.jp/)、CONDUCTOR LCO(http://lpo.axyz.co.jp/)などが有名です。
ユーザに個別対応するという取り組みを、複雑なデータベース・マイニング作業と同等と捉えてしまい食わず嫌いをしているとすれば大きな損失といえるでしょう。先に触れたツールを用いることで、厳密なOne to Oneとは言えないまでも、ある程度ユーザの状況や関心に沿ったコミュニケーションを行うことができるのです。
事例紹介:アクセス時に判断できるユーザ情報を活用した個別最適化
初めてウェブサイトに訪問したユーザと、毎日訪問しているユーザはサイト訪問の理由や探している情報が異なることが予想されます。よくサイトに設置される「はじめての方へ」のようなコンテンツは、リピーターには不要ですが、初心者には有用です。逆に、更新情報などはむしろリピーターにこそ意味のある情報であることが多いといえます。
こうした、サイト訪問に関する行動を切り口にページの見せ方を切り替えることがツールの導入により実現可能であり、すでに導入して実績を上げている企業も存在します。
【サンプル】
初回訪問時には「初めての方へ」コンテンツを露出し、訪問経験のあるユーザにはキャンペーン情報など露出する
図1:永久不滅.com (http://www.a-q-f.com/)
他にも、サイトに流入してきたキーワードに応じて露出するコンテンツを変えるケースもあります。生き物のようにサイトが変化し、各ページで欲しい情報・商品へのリンクが優先して表示されるのは、シンプルながらも行き届いた配慮と言えるでしょう。
【サンプル】
流入キーワードに応じて、露出するコンテンツを変化させる
図2:セシール (http://www.cecile.co.jp/)
サイト内での行動履歴を蓄積し、関心領域が予想できればその領域の情報を優先して表示することも有効といえます。
【サンプル】
サイト内行動に応じて、露出するコンテンツを変化させる
図3:WWF Japan (http://www.wwf.or.jp/)
リピーターが多いサイトであれば、サイト内でのユーザの行動履歴を蓄積し、関心領域をあらかじめ予想することも検討できるでしょう。関心の高い領域に関わる情報をメールマガジンで送付する、などのアプローチもビジネス成果につながります。
【サンプル】
サイト内行動に応じて、送付するメールマガジン内容を変化させる
図4:転職サイトの場合
その他にも、One to One個別対応には様々なアイデアあります。ユーザを知り、少しでも行き届いた接客を行う---すでに一定のレベルに達しているウェブサイトでも、さらなる改善の余地はあるはずです。
【One to One個別対応例サンプル】
- IPアドレスからアクセス元の都道府県を判別し、地域別に情報を出し分ける
→エリア特性のある商材やサービスに有効 (寒い地域と暑い地域で商品を出し分けるなど) - アクセスする時間によって情報を出し分ける
→タイムセールなど、時間によってアピールすべきサービスがある場合に有効 - 利用するブラウザによって情報を出し分ける
→ゲーム関連の商材を扱っていれば、PSPやPS3などでアクセスするユーザにはそれらの商品をアピールするなど考えられる
「One to One」設計はパラダイムシフトである
D.ペパーズらが触れているとおり、近年の技術の進歩によってユーザ一人一人を見据えた個別最適化が可能になったことは、大きなパラダイムシフトにほかなりません。
マスメディア全盛の時代では、幅広い画一化された顧客とのコミュニケーションが主でした。前述の「小売店主」と「毎日通う顧客」の例で言えば、マスメディアの時代には、顧客は小売店主と会話することなく広告で見かける商品を店の棚で手に取る状況にあった、といえます。
しかし、時代は変わっています。テクノロジーの進化により、以前の小売店主と同様、一人一人の顧客に対して行き届いたサービスを提供することが可能になっています。ウェブサイトの設計・デザインの前提が変わってきているのです。
すぐにはユーザ個別最適化をお勧めしないケースも
注意すべきは、これらの個別最適化ツールさえ導入すれば成果が上がるということではない点です。意味もなくツールを導入しても宝の持ち腐れになってしまうことでしょう。
あなたのサイトを訪れるユーザは、どのようなニーズをもってサイトを訪問し、何を達成することを望んでいるか考えていますか? ユーザニーズに応えるサイトの設計・デザインのあり方を考えていますか? もし、これらの作業にまだ着手できていないのであれば、個別最適化ツール導入を検討するのはまだ早いといえます。個別最適化は、あくまでターゲットユーザ定義やシナリオ設計といったユーザ中心設計手法の先にあるものです。これらが不十分なまま、複雑な設計が必要となる応用編に進むのは危険です。
参考文献:
- D.ペパーズ、M.ロジャーズ(1995)『One to One マーケティング』ダイヤモンド社
- D.ペパーズ、M.ロジャーズ(1997)『One to 企業戦略』ダイヤモンド社
- J.S.プルーイット、タマラ・アドリン(2007)「ペルソナ-顧客経験のデザイン」『ハーバードビジネスレビュー』2007年7月号 ダイヤモンド社
- T.A.フォーリー(2002)『One to Oneマーケティングを超えた戦略的Webパーソナライゼーション』日経BP社
- B.Pウルフ(1998)『顧客識別マーケティング』ダイヤモンド社
- C.アレン、D.カニア、B.イェッケル(1999)『インターネット時代のワントゥワンWebマーケティング』日経BP社
-
執筆者:平井 剛直
株式会社ビービット マネージャ