ビッグデータとユーザ行動観察
近年ビッグデータを活用する企業が増えているが、ビッグデータは必ずしも万能ではない。このコラムでは、ビッグデータの特長と限界を整理するとともに、ユーザ行動観察調査と併用することでより良いサービス開発ができることを解説する。
近年、サービス開発・改善において、ビッグデータを利用した取り組みが多く語られるようになり、様々な業種でビッグデータ活用への興味が高まりつつある。しかしその一方で、ビッグデータをどのように成果に結びつけるか、使い方に悩んでいるという声も上がっている。
ビッグデータは単体でも大きな可能性を持つが、ユーザ行動観察など他の調査手法と結びつけることで、さらに大きな成果へとつなげることができる。本稿では、ビッグデータの持つ特長を整理するとともに、ビッグデータと他の調査手法を組み合わせることが有効であることについて解説する。
ビッグデータの流行
近年、ビッグデータという言葉は既にビジネスシーンで定着しつつあるが、実際に市場は大きく伸びている。IDC Japanの調査によれば、国内の2014年の国内のビッグデータソフトウェア市場は110億9,100万円であり、前年比から39.3%もの伸びを見せている。さらに、今後5年間も、年間の成長率が平均で33.5%と、急速な成長が続くと予想されている。
この背景には、ビッグデータを活用するための技術の進歩がある。センサーやカメラの精度向上などにより、人間の動きなど、これまで計測できなかったものがデータとして収集できるようになりつつある。さらに、データ分析の段階においても、過去のデータのパターンから未来の傾向を導く予測分析の技術や、データを適切な分析モデルに自動でかける技術が開発されている。ビッグデータはデータサイエンティストだけのものから、専門知識の少ないビジネスマンでも簡単に扱えるものになりつつある。
しかし、ビッグデータへの敷居が下がったことで、使い方を考えきれていないうちに手を出してしまう例も多い。また、「ビッグデータがあれば人間はいらなくなる」と過大評価する論調も見られる。ビッグデータの威力と限界について適切に理解するために、まずはビッグデータの特徴について整理してみよう。
ビッグデータの本質とは
書籍「ビッグデータの正体」では、ビッグデータの本質的な特長が3つあげられている。それぞれについて、簡単に見ていこう。
1: すべてのデータを使う
ユーザ行動観察などのこれまでの手法では、調査対象を何人かに絞っていた。ターゲットとなるユーザすべてのデータを見るのは時間がかかりすぎるため、調査対象となるユーザ群の一部を偏りが生まれないようにうまく取り出し、その何人かのデータのみで分析をしていたのである。
しかし、ビッグデータでは、データの抽出・分析技術の発展により、文字通り全てのデータを分析することができる。このため、得られたデータの正確性が高まるといえる。
2: 個々のデータの精度は重要ではない
サイコロを何回か振ると、ときどき同じ目が何回も連続して出ることがあるだろう。しかし、振る回数を際限なく増やしていくと、それぞれの目が出る確率は6分の1へ近づいていく。
これと同様に、ビッグデータにおいても、膨大なデータを見ることで全体の精度がカバーされやすい。このため、個々のデータの精度にこだわりすぎることなく、すばやくデータ分析に移ることができるのである。(人為的な改ざんなど、外部要因によってデータがゆがめられている場合は、当然ながらあてはまらない)
3: 因果関係はわからなくてもよい
サービスの方針を考える際、人間の場合は、現状と課題や施策と結果などの間の因果関係を積み重ね、仮説を立てていく。しかしビッグデータは、膨大なデータを見ることで、人間が気づかないような相関関係を見つけることができる。
「ビッグデータの正体」でもあげられている、ウォルマートの例を見てみよう。ウォルマートが2004年に購買データを分析したところ、ハリケーン直前になるとストロベリーポップタルトというお菓子が平常時の7倍も売れているとわかった。そのため、次のハリケーンが来た際にポップタルトの仕入れを大きく増やしたところ、ポップタルトは完売し、ウォルマートは大きな売上を得たのである。
この例のポイントは、ハリケーンとポップタルトの間の因果関係は重視されなかったという点である。後から考えればいくつか仮説は出るが、分析を行う前は、この2つの関係に気づく者はいなかった。もしウォルマートが従業員の仮説に頼っていた場合、ポップタルトに気づかずに終わっていたか、気づいても商機を逃していただろう。この例は、ビッグデータ解析の威力を示す良い例である。
ビッグデータによる、サービス開発の変化
以上をふまえると、ビッグデータが普及することで、サービス開発のやり方は以下のように変化していくと考えられる。
従来の方法(ユーザ行動観察など)
膨大なデータをすべて見る暇はない。そのため、一部のユーザを偏りが生まれないようにうまく選び出し、彼らのデータのみを使って全体の傾向を推定する。偏りのないデータにするためには、一定の知識と配慮が求められる。また、得られたデータを読み解き、仮説を立てるスキルが必要。
ビッグデータ
膨大なデータをすべて見ることができる。そのため、すべての情報をムダなく分析でき、データの偏りの影響も抑えられる。求める結果をもたらしうる相関関係がわかるため、頭を使ってデータを解釈する必要性が少ない。
ビッグデータの限界
ビッグデータの普及により、データを使った効率的なサービス開発ができるようになることは否定しない。しかし、だからといってビッグデータに頼りきるべきではないだろう。
ビッグデータからわかることは、データ間の相関関係についてのみである。裏を返せば、ビッグデータのみではわからないことも多く存在するのである。
何を分析すべきかまでは教えてくれない
ビッグデータを扱う前提として、何のデータを分析するかを決めなければいけない。これについて深く考えないまま分析に突入すると、「結果は出たが何の意味があるのかわからない」という状態になり、分析にかけた費用と時間がムダになってしまう。いわゆる「データに溺れている」状態である。このようなことを避けるためには、自社の課題は何か、何を見れば解決の糸口をつかめそうか、についてあらかじめ考えておく必要がある。
データのない未知のお題までは分析できない
過去のデータが自社にないような、経験の少ないお題に挑戦する場合は、ビッグデータを使いにくくなる。例えば、まったく新しいサービスを考える場合や、これまでとは異なる新たなユーザにアプローチしたい場合などが考えられる。このような場合には、ユーザ行動観察などによって市場のニーズの仮説を立てる方が、効率的にサービスのコンセプトを考えていくことができるだろう。
具体的な設計やデザインの方法まではわからない
ビッグデータを使って、今まで気づかなかった相関関係を見つけたとしても、それをサービス設計にどう落とし込むかは別の問題である。ウォルマートのポップタルトの例では、「店頭に置くポップタルトを増やす」という、設計がほぼ不要の単純なソリューションを取ればよかった。しかし、サービスを作る場合はより複雑なしくみを設計することになるためユーザにとっての使いやすさなど、データとは別の要素についても考える必要が生じる。以前のコラムで取り上げたAmazon Dash Buttonのように、ユーザのニーズを深く理解することで初めて設計できたサービスも多く存在する。
サービス開発の各段階で考えるべきこと
問いを立てる段階
どのような手法を使うとしても、まず問いを明確にすることが必要となる。これを怠ると、分析のための分析で終わってしまう。「自社のビジネスモデルのうち、どの部分に課題があるか」「それを解決することで、自社に大きなインパクトはあるか」を考える必要がある。
分析しソリューションを導く段階
この段階ではビッグデータが有効であることが多いが、既に述べたように、ユーザ行動観察などの方が効果があることもある。さらに、データの揺れをどれほど許容できるかの基準によっては、これまでのように限られたデータから推定する方が、費用対効果が高くなる場合もある。ビッグデータと決めつけず、どの手法が効率的かつ効果があるかを考えるべきである。
設計に落とし込む段階
分析結果を設計へと落としこむ段階では、ビッグデータを使うことは難しい。この段階では、ユーザにとっての使いやすさが重要となる。プロトタイプを作ってユーザテストを行うなど、設計やデザインの質を高める工夫が必要となる。
ビッグデータと行動観察を活用した例
ビッグデータと行動観察を組み合わせることで、どちらか片方だけを使うよりも、より良いソリューションを生み出せることがある。ここではその例として、ゼロックスが関わったロサンゼルス市の駐車システム「LA Express Park」の事例を紹介する。
ビッグデータ:料金変動システムの構築
ロサンゼルス市では、各駐車エリアの料金設定に合理的な基準がなく、駐車エリア周囲の道路状況に合っていなかった。そのため、安すぎて車が集中するエリアと、高すぎて車がほとんど来ないエリアに分かれてしまい、道路の混雑解消が進まない原因となっていた。
そこで、ビッグデータ技術を用いた分析とシステム構築が行われた。各駐車エリアに設置したセンサーによって、ユーザが料金と混み具合に応じて別の駐車エリアに移動することが明らかになった。そこで、Webやアプリから各駐車エリアの混み具合と空きをリアルタイムに確認できるようにした。さらに、混雑のバランスが最適になる料金設定を分析し、各駐車スペースの料金が自動で変更されるようにしたのである。これにより、駐車スペースの混雑が平均で10%減少し、全体の料金収入も2%高くなったという。(*1)
行動観察:デザイン設計とサービス改善
一方、デザインの設計には行動観察が用いられた。このサービスでは、駐車エリアの空きスペースの数が絶えず変化するため、事前に空き数を見たユーザが駐車エリアに着くまでに、数が変わってしまうという課題があった。しかし、行動観察によって、空き状況を赤・黄・緑の3色で大まかに表す方が、直感的に混み具合を把握しやすくなることが明らかになった。この結果、空きスペースの数を瞬時に伝えるためのシステム投資を行わずに済んだのである。
さらに、リリース後にも行動観察が役立った。サービス開始の翌年に再びユーザの行動を見たところ、駐車エリアの料金の変動に気づかないユーザが一定数いることがわかった。彼らは事前にアプリなどで情報を見ることもなく、車をおりた後も電光掲示板の料金表示に気づかずメーターへ一直線に向かっていた。このようなユーザは、「目的地の近くに車を止めること」のマインドシェアが大きかったのである。その結果、カーナビの画面を使い、行くべき駐車エリアを音声でガイドするというプロトタイプが作られることになった。(*2)
(*1)How Xerox Uses Analytics, Big Data and Ethnography To Help Government Solve "Big Problems" - Forbes
(*2)The Camera Doesn't Lie: Rapid Observation to Create Better Customer Experiences | Parc
ビッグデータと行動観察は補い合うもの
ユーザにとって有益なサービスを開発するためには、データから相関関係を適切に読み取るだけでなく、ユーザの視点からも課題やニーズを把握するとよい。これらは相反するものではなく、サービス開発に必要な視点を異なる角度からもたらし、互いを補い合うものである。サービス開発の段階や、分析に求める精度などを考えたうえで、どのような手法を使うか柔軟に考えていくことが望ましい。
参考:
ビッグデータの正体 情報の産業革命が世界のすべてを変える(ビクター・マイヤー=ショーンベルガー他、2013年、講談社)
ビッグデータvs.行動観察データ:どちらが顧客インサイトを得られるのか(安宅和人、ハーバード・ビジネス・レビュー2014年8月号、ダイヤモンド社)
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執筆者:宮坂祐
(エグゼクティブマネージャ/エバンジェリスト)一橋大学法学部を卒業後、ビービット入社。金融、電機メーカー、メディア等の大手企業・ネット先進企業のウェブサイト改善・再構築に関するコンサルティングプロジェクトを多数手がけ、クライアントの成果向上に貢献。累計1000人超のユーザ行動観察調査の経験をもとに、近年は講演や執筆活動も実施。
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執筆者:大谷直也
(コンサルタント)東京大学経済学部を卒業後、ビービット入社。人材、メディア、金融機関等のウェブサイト・デジタルサービス改善プロジェクトに携わった後、現在はテクノロジーとユーザ中心設計に関する調査・研究活動に従事。