「顧客価値戦略サミット2015」レポート 【第3部:ソニー損保様トークセッション】
今回のコラムでは、前回に続いて「顧客価値戦略サミット2015」から、ダイレクト損害保険で13年連続売上No.1のソニー損保のCXデザイン部部長・片岡氏によるトークセッション「顧客価値向上による継続率改善に向けた取り組み」の内容をご紹介致します。
ソニー損保における顧客ロイヤルティ向上活動
ソニー損保では創業当初からお客様の信頼・満足度の向上を重視されており、お客様から寄せられた声に基づく課題解決、その取組状況をまとめた「コエキク改善レポート」の公開、実際に事故対応を経験されたお客様の声を「不満」も含めてありのままに公開する「お客様の満足・不満の声」コンテンツの掲載など、様々な活動に取り組まれてきました。
2015年からはさらに、カスタマーエクスペリエンスや顧客ロイヤルティの向上を本格化させることを目的に、部署横断で顧客体験の改善に取り組むためのCXデザイン部(CX:カスタマーエクスペリエンス)を立ち上げ、NPS(ネットプロモータースコア)(注1)を用いた活動成果の検証など新たな活動を開始。現場主導で改善活動がどんどん行われていく組織づくりを目指し、コールセンターのオペレーターなどを巻き込みながら課題発見・改善・検証サイクルを展開されています。
これまでに実施した施策の一例には下記のようなものがあります。
- 2014年2月に関東で大雪災害があった際には、保険金の支払いが増えることを認識しながらも、被災地域の契約者に大雪被害でも車両保険で補償されることを案内する「雪害お見舞いメール」を送信
- 契約期間中に誕生日を迎え、保険料が安くなる年齢条件に変更できる契約者に対し、契約期間中でも契約内容を変更すれば保険料の差額を返金できる旨の案内を電話やメールでお知らせ
- 契約期間中に誕生日を迎え、保険料が安くなる年齢条件に変更できる契約者に対し、契約期間中でも契約内容を変更すれば保険料の差額を返金できる旨の案内を電話やメールでお知らせ
サミットでは、CXデザイン部部長としてこれらの活動を主導されている片岡氏に、顧客ロイヤルティ向上活動に社内を巻き込んでいくためのアプローチやCXデザイン部の役割、カスタマーエクスペリエンス向上のための具体的な取り組み内容などについてお伺いしました。
顧客ロイヤルティ追求に向けて動き出すには
なぜ短期的には売上を捨てるように見える施策を実施できるのか?
宮坂(ビービットエバンジェリスト):「顧客ロイヤルティ向上の重要性は理解しつつも、売上や利益との両立が難しいために、なかなか一歩が踏み出せない、あるいは小さな取り組みにとどまってしまう、という悩みをよく耳にします。ソニー損保様では、雪害お見舞いメールや年齢条件変更のお知らせなど、一見売上に反するような施策も実行されていますが、これらの取り組みには社内の反対もあったのではないでしょうか?どのようにして社内を説得されたのでしょうか?」
片岡氏(ソニー損保CXデザイン部部長):「実は社内の反対はなく、もともとお客様にとって正直であろうよ、という社風なので特に反対意見も出ませんでした。それに大雪による被害が自動車保険の補償対象になるのかどうかといった情報は、たとえ企業側が言わなかったとしても、Yahoo!知恵袋や2ちゃんねるを見れば書いてあるんですね。ただそういったところには誤った情報もあるので、たとえ会社側にとって利益が減るようなことであっても、当社から正しい情報を速やかにお客様にお伝えすることが重要だと考えています。」
「また自動車保険に契約しているお客様のうち、事故を経験されるのは全体の1割ほど。それ以外のお客様とは契約期間中ほとんど接点がありません。広域災害のような緊急時こそ、お客様から信頼していただけるようなコミュニケーションを取れる良いチャンスとして捉えています。」
NPSを収益と紐づけることで、経営陣の関心も高まった
宮坂:「顧客ロイヤルティ向上に取り組むにあたっては、その経済的な効果をデータによって証明されたと伺いました。具体的にはどのようなことを行われたのでしょうか?」
片岡氏:「既存顧客にNPSを尋ねるアンケートをマーケティング部門が実施しました。そのデータをもとに、NPSと継続率との相関関係を調べたところ、NPSと継続率の相関が従来の顧客満足度よりも強いことが分かりました。また、新規顧客へのクチコミ回数とも強く相関していることも判明しました。」
「その上でNPSを1上げることによって、継続率がどのくらい上がるのか、新規顧客がどの程度増えるのか、その結果としてどのくらい財務的なインパクトがあるのか。これらをデータとして示したことで、経営陣が当社成長におけるNPS向上の重要性を再認識し、その後の活動がスムーズに進むようになりましたね」
宮坂:「このような調査や分析は難しいものなのでしょうか」
片岡氏:「いや。そうでもないですよ。試算したのは私ではないですが、『仮に○%を批判者から中立者にシフトできたら・・』というような考え方の整理ができれば、あとはExcelの簡単な計算でできるものです。ただその後、施策によるNPS向上の効果を検証できる状態を整え、小さな取り組みをやってみて、本当にシミュレーション通りになるかを確かめていくことは必要だと思います」
全社にカスタマーエクスペリエンス向上活動を広げていくには
カスタマーエクスペリエンス向上はコスト増加とトレードオフではない
宮坂:「カスタマーエクスペリエンス向上のために新しい取り組みを行おうとすると、その分の工数やコストが増えてしまうというイメージがあります。これはカスタマーエクスペリエンス向上活動に各部のメンバーを巻き込んでいく際にハードルになると思いますが、実際はどうなのでしょうか?」
片岡氏:「施策によってはコストが増えるという面は確かにあります。ただ、実はカスタマーエクスペリエンス向上に重要な要素の一つは、『対応のスムーズさ』です。つまり、カスタマーエクスペリエンスを向上させることはお客様だけでなく、現場のオペレーターの応対時間を減らし、業務負荷やコストの削減にもつながることもあります。なので、必ずしもトレードオフではないんです。」
「また、カスタマーエクスペリエンス向上活動では、まずはカスタマージャーニーマップを複数部門のメンバーで書いて顧客視点から課題を整理していくようにしています。これをやることによって、たくさんあるように見える課題が実は相互に関係していることに気づき、意外とシンプルな対応で複数の課題を解決できるようになります。」
相手の職位によって、ロイヤルティ追求の意義は異なる
武井(ビービット取締役):「カスタマーエクスペリエンスの重要性を社内に説得していくために、何かコツは何かあるのでしょうか?」
片岡氏:「『NPSが上がると会社が儲かる』という財務的なメリットは経営層には刺さりますが、現場の最前線の社員に財務的なメリットを伝えてもNPS向上に取り組もうという気持ちにはなかなかなってくれません。」
「現場に対してはカスターエクスペリエンス向上のもっとエモーショナルな部分、例えば「お客様に喜んでいただくことが、自分自身の働く喜びにつながっていくよね」といった説得の方が共感してもらえると思っています。なので、職位によってNPS向上に取り組む意義の説明のしかたを変えていきました」
「また、全社への展開にあたって説得のキモになるのは、各部の責任を負っている現場のマネージャー層。彼らに対しては、カスタマーエクスペリエンス向上が業務効率とトレードオフの関係にならないという小さな成功事例を共有することが重要だと思っています。」
現場にやらされ感が出たら、うまくいかない。CXデザイン部はあくまでサポート役
宮坂:「CXデザイン部は、改善を主導するというよりは各部のサポート的な役割とのこと。CXデザイン部は具体的にはどのような活動をされているのでしょうか?」
片岡氏:「まずCXデザイン部設立の背景ですが、これまで電話、ウェブサイトといったお客様との接点は、それぞれの担当部門ごとに個別最適化されていたんですね。その結果、それぞれの接点については、外部評価機関から高い評価を得られるようになったのですが、ユーザー観察調査でお客様の声を聞いてみると、チャネルとチャネルの「つなぎ」に問題が発生していたことがわかりました。」
「例えば「電話でお願いした見積もりがウェブ上では見られない」「ウェブの操作の不明点を電話で聞いても、うまく答えてもらえない」といった課題です。各部門が個別最適をやりつつも、顧客視点で全体最適を進めるための部門横断の取組みを推進する組織として立ち上がったのがCXデザイン部です。」
「ただ、CXデザイン部だけで課題発見をして、解決策まで作って現場に改善を依頼する、というやり方をしてしまうと、現場はなぜそれをやるのかが腹落ちできず、単にやらされているだけという感じになってしまう。また、現場から新しいアイディアもでてきにくくなってしまいます。」
「このため、CXデザイン部は、遠回りではありますが、課題共有のためのワークショップを企画したり、改善案の実行を手助けしたりするような、サポート役というか伝道師的な役割であるべきだと考えています。」
カスタマーエクスペリエンス向上活動を実践するには
大小2つのループでカスタマーエクスペリエンスを改善する
宮坂:「ソニー損保様ではカスタマーエクスペリエンス向上のために大小2つのループを回すことが重要だと伺いましたが、具体的にはどのようなものなのでしょうか?」
片岡氏:「1つ目の大きなループは部門長レベルが参加する「NPS向上会議」、2つ目の小さなループは現場を巻き込んだ「VOG(Voice of Genba(現場))会議」です。」
「1つ目のNPS向上会議は、部門横断で改善すべきテーマを明確にし、現場側で改善を行うための工夫や裁量の余地を生み出すことが目的です。」
「例えば、コールセンターのトークスクリプトを大幅に変えたいと思っても、これまではそのスクリプトだけの部分最適をしていたため、「てにをは」の言い回しを変える程度の改善しかできなかった。そのため、全体最適の観点でトークスクリプトで話すべき要件の取捨選択を行い、現場側で改善サイクルを回せる余地を創出する必要があります。」
「続いて、そのテーマについて現場メンバーと一緒になってカスタマージャーニーを書いたり、施策を考えたりしていくのがVOG会議です。これまでは現場が改善アイディアを持っていても、それを会社に伝える場やしくみがありませんでした。VOG会議を置くことで、これらの現場社員の声を施策に取り込めるようになりました。お客様のことをよく知っているのはやはり現場。彼らの知見を積極的に活用することが重要だと考えています。」
カスタマージャーニー活用のコツは、「お客様の心理」に基づく課題のカテゴライズ
宮坂:「VOG会議ではどのように現場を巻き込んでいるのでしょうか?」
片岡氏:「コミュニケーションツールとして有効なのは、カスタマージャーニーマップですね。現場のメンバーと一緒にカスタマージャーニーマップを作ることで、全員が課題を同じように認識することができます。」
宮坂:「カスタマージャーニーは多くの企業でも導入が始まっていますが、作ってみたもののあまり役に立たなかった、という声もよく聞きます。活用のコツなどは何かあるのでしょうか?」
片岡氏:「発見された課題の構造化がキモだと思います。カスタマージャーニーを書くことで100個の課題が出てきたとしても、それを全部やるわけにはいかない。それら100個の課題の背後にある3つぐらいの根本課題を見つけるファシリテーションが重要です。」
「根本課題を見つけるコツは、お客様の心理にもとづいて課題のグルーピングをすること。「これはウェブの課題」のようにカテゴリーごとに分類しがちですが、○○が不安だから生じている問題、というようにお客様の心理でグループ分けすることで、ウェブの課題が多い、といった短絡的な議論になるのを防げます。」
批判者へのヒヤリングやコールセンター100本ノック
宮坂:「組織に顧客ロイヤルティ追求の思想を広めていくために、面白い取り組みもされているようですね?」
片岡氏:「カスタマーエクスペリエンス向上活動を進めていく中で、NPSについて説明した『ネットプロモーター経営』という書籍を全管理職に読んでもらうようにしました。社長が社内報の社長コラムでこの本を紹介してくれたのも効果的でした。おかげでNPSに関する基本的なことは理解されたのではと思います。」
「それに加えて、NPSのアンケート調査で低評価の回答をされたお客様には原則48時間以内にお電話し、お詫びと改善すべき点をお伺いすることも始めました。「ウェブがわかりにくい」というアンケート回答であっても、電話をしてよくよくお伺いすることで「ウェブについての質問にオペレーターがスムーズに答えられなかった」というチャネルとチャネルのつなぎの課題についても実際に確認できたりする効果がありますし、改善のヒントが得られるだけでなく、その会話がきっかけとなって、お客様の別の不安や疑問を解消することにつながる副次的な効果もあります。」
「また、マーケティング部門のメンバーは、コールセンターの通話録音を聞く「聞きおこし100本ノック」をしばしば以前からやっています。お客様の生の声は重要なインプットになるので、特に何か仮説が浮かんだときは最初に聞くようにしています。お客様の問合せの背景を知らないと顧客視点からずれていってしまうので。」
第3部を終えて
組織内で顧客ロイヤルティやカスタマーエクスペリエンス向上に取り組んでいく方法をかなり具体的な部分まで踏み込んでお話くださった片岡氏。
終了後のアンケートには「現場への接続や定着について参考になった」「実践していく上での勘所が分かった」といった声が寄せられ、現在、多くの企業で顧客志向活動をいかに実践していくかがテーマとなっていることを感じました。
片岡氏のお話の通り、NPSを始めとする顧客ロイヤルティ指標の導入は意外と難しくありません。既存の顧客アンケートの設問を一部変更するだけでも対応できるというケースも多くあります。まずは自社の顧客ロイヤルティを正しく把握すること、そして顧客ロイヤルティ向上が収益に与えるインパクトを可視化することが、顧客ロイヤルティ向上に向けて進んでいく上で大きな一歩となるはずです。
※顧客価値戦略サミット第1部・ビービット講演のレポートはこちら
「顧客価値戦略サミット2015」レポート【第1部:ビービット講演】
※顧客価値戦略サミット第2部・トヨタ自動車トヨタ店営業部部長木村氏のトークセッションレポートはこちら
「顧客価値戦略サミット2015」レポート 【第2部:トヨタ自動車様トークセッション】
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執筆者:肥後 真
株式会社ビービット コンサルタント京都大学総合人間学部卒業