失敗しないカスタマージャーニーマップ作成
近年、カスタマージャーニーマップを作成する企業が増えているが、作るプロセスを間違えると、中身が実情に合わなかったり、誰にも使われなかったりといった失敗に終わってしまいやすい。今回は、カスタマージャーニーマップ作成のよくある失敗例と、それを防ぐポイントを解説する。
カスタマージャーニーマップの流行
近年、カスタマージャーニーマップを作成しようとする企業が増えている。顧客との複合的な接点をうまくコントロールし、利用体験全体を通じて顧客の心を動かしやすくしたいというニーズが高まっていると考えられる。
しかし、単に作るだけではうまくいかないことが多い。確かに、顧客の心理をきめ細かく理解するうえで、カスタマージャーニーマップは良い手法といえる。ただし、作る際にいくつかの工夫をしなければ、せっかく作っても顧客体験の改善に結びつかないリスクが高くなってしまうのである。
カスタマージャーニーマップ作成の失敗例
カスタマージャーニーマップの作成がうまくいかない例を、いくつか見てみよう。
□全てを網羅しようとしてしまう
顧客体験の全てや、課題の全てを網羅することにこだわってしまい、収拾がつかなくなってしまうという場合である。
例えば、ある教育企業では、子供が生まれてから高校を出るまでの18年間のカスタマージャーニーマップを作ろうとしてしまったことがある。この企業には各年代用の教材があるため、それらを横断した体験を定義しようとしたのだが、18年分のカスタマージャーニーはあまりに複雑なものとなってしまい、事業に活用することができなかった。
また、別の企業では、カスタマージャーニーに沿っておよそ100個もの課題を洗い出したものの、どこから手をつけていいかわからず、改善を進めることができなかった。課題を洗うことにこだわるあまり、優先順位をつけることができなかったのである。このように、完璧なカスタマージャーニーマップを作ること自体が目的となると、失敗する可能性が大きくなってしまう。
□自分たちの願望マップになってしまう
顧客の立場になって考えたつもりでも、実際には「自分たちにとって都合のいい架空の顧客」のジャーニーマップになってしまうという場合である。
ある金融機関では、既存顧客との関係強化のために「コンテンツ配信を通じて顧客とのつながりを強化し、ニーズが高まったところで商品について訴求する」というプロセスのカスタマージャーニーマップを描いた。しかし、顧客がコンテンツを通じてニーズを高めると本当にいえるだろうか?金融機関のウェブサイトやメールマガジンを頻繁に読む顧客は多くない。ななめ読みして捨ててしまう場合も多いだろう。顧客の実際のニーズを把握しない限り、このカスタマージャーニーに基づく施策で多くの顧客と関係を強化できるかは不透明である。
多くの企業が「顧客は自社サービスにいつも一定の興味がある」と思っている傾向にある。しかし実際には、顧客が特定のサービスについて考えることはほとんどないことが多い。顧客の頭の中の多くは、毎日の仕事や生活のことで占められているのである。
□作っても陽の目を見ない
カスタマージャーニーマップが完成したものの、その後の業務に活かされるところまで行かないという場合である。例えば、売上向上にどのようにつながるのかがわからないという理由で、経営陣からカスタマージャーニーマップ活用の意義を理解してもらえなかったという場合は多い。また、ある企業では、各部署に課題を割り振ったものの、いっこうに改善されずそのままになってしまったという。
カスタマージャーニーマップは、作れば終わりというわけではない。作ったものを全社に展開し、実際に運用してもらうところまで見据えたうえで、作成にとりかかる必要がある。
カスタマージャーニーマップ作成のポイント
では、どうすれば顧客体験の改善に結びつくカスタマージャーニーマップを作ることができるのだろうか。弊社では、カスタマージャーニー策定支援プロジェクトにおいて、いくつかのポイントを押さえるよう勧めている。
●イシューを明確に設定する
カスタマージャーニーマップの作成に入る前に、「なんのために顧客関係を強化するのか」を考えることが重要である。ビジネスにおいてそもそもどのような問題があるのか、目標設定はどうなっているのか、そしてカスタマージャーニーマップがその課題を解決するためにどのような意味を持つのかを整理しておくのである。これらを明確にしておくことで、アウトプットを意識した現実的な作成方法を取ることができるうえ、目標に関連の深い課題を見つけやすくなる。
●顧客の視点から自社サービスがどう見えるかを理解する
「すでに顧客の視点に立って考えている」という方もいるかもしれないが、そのとき考えているのは「自分たちの視点から見た顧客の姿」ではないだろうか?本当に顧客の利用体験を理解したいのであれば、考えるべきなのは「顧客の視点から見て、自社のサービスがどう見えているか?」である。サービスを運営している担当者としての視点は、いったん捨てなければいけない。
顧客の視点に立つことで、企業側が把握していなかった接点の発見にもつながる。サービスに対する顧客の評価は、一気に決まるのではなく、小さな出来事の積み重ねによることが多い。例えば、顧客がある携帯電話企業を解約したという場合、それは必ずしも「他社のプランが魅力的だったから」というだけではない。それは「料金が契約時に思っていたのと違った」「大量のメールマガジンにうんざりする」「速度制限の解除方法がわからない」など、日々使う中での小さなストレスが積み重なった結果であり、他社のプランは最後の引き金にすぎないのである。顧客と同じ視点からカスタマージャーニーを作ることで、主要な接点とは思っていなかった部分で顧客の心理が動いていることに気づきやすくなる。
●対応の優先度をつける
上で書いたように、課題を100個あげて全部対応しようとしても、到底手が回らないだろう。課題を洗い出して満足するのではなく、そこから優先度をつける必要がある。そのためには、課題を構造化し、多くの課題の奥にある根本の原因を見つけていくと良い。構造化をうまく行うことができると、課題が2-3個に絞られることもある。
また、目標となる数値が明確であれば、「その課題を解決することによる目標達成へのインパクト」を考えるのも有効である。全ての課題に広く浅く取り組むのではなく、インパクトの小さい課題は一旦置いておき、解決することで目標達成に大きく貢献する少数の課題にリソースを集中させると良いだろう。
●カスタマージャーニーマップへの納得感を生む
作ったカスタマージャーニーマップが本当に活用されるかは、経営陣や他の部署の担当者が納得感を持つかどうかで決まる。彼らに「カスタマージャーニーマップから出た課題に、確かに取り組む必要がある」と感じてもらえることで、初めて運用に協力してもらうことができる。
納得感を生み出すには、「ビジネス成果とのつながりの明示」と「顧客への共感の醸成」が必要となる。
ビジネス成果とのつながりの明示
その課題に取り組むことで、収益や指標がどのように改善するのかを明確に説明できなければいけない。これは、経営陣や意思決定者を動かすためには必須である。ここまでに書いた「イシューを明確にすること」「課題の優先度をつけること」は、ビジネス成果とのつながりを説明するための準備でもある。
顧客への共感の醸成
他部署の担当者など横のつながりがある人を動かすためには、カスタマージャーニーマップ作成を通じて顧客への共感を促すことが有効である。単に作成に巻き込むだけでは、ただの作業という位置づけで終わってしまいかねず、実行に手間がかかると思われて協力を得にくくなってしまうこともある。そうではなく、作成プロセスを通じて共通の顧客像をイメージし、その顧客への共感を促すことで、一丸となって顧客に貢献するという想いを喚起しやすくなる。
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執筆者:宮坂祐
(エグゼクティブマネージャ/エバンジェリスト)一橋大学法学部を卒業後、ビービット入社。金融、電機メーカー、メディア等の大手企業・ネット先進企業のウェブサイト改善・再構築に関するコンサルティングプロジェクトを多数手がけ、クライアントの成果向上に貢献。累計1000人超のユーザ行動観察調査の経験をもとに、近年は講演や執筆活動も実施。
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執筆者:大谷直也
(コンサルタント)東京大学経済学部を卒業後、ビービット入社。人材、メディア、金融機関等のウェブサイト・デジタルサービス改善プロジェクトに携わった後、現在はテクノロジーとユーザ中心設計に関する調査・研究活動に従事。