スマホの「マイクロモーメント」を捉える
スマホの1回あたりの利用時間は、わずか数十秒から1分と言われている。こうした「マイクロモーメント」においてもウェブサービスやアプリが使われるようになるためにはどうすればよいか、事例をまじえて解説する。
スマホの普及に伴い、多くのサービスがPCサイトのみではなくスマホサイトやアプリにも対応しつつある。しかし、単にPCサイトをスマホの形に変換すれば良いわけではない。スマホユーザにとっての最適なサービス体験は、PCとは大きく異なる場合がある。
本コラムでは、スマホの普及によってユーザがサービスに求めるものがどう変わったか、そしてそれに対応するためには何が必要なのかについて解説する。
PCとスマホの意味合いの違い
そもそも、なぜPCサービスをそのままスマホに最適化して移植するだけでは不十分なのだろうか。まずは、ユーザにとってのPCとスマホの意味合いの違いを考えてみよう。これらは、インターネットにアクセスできる道具としては共通しているが、その「インターネット」の位置づけが大きく異なるのである。
PCの場合、インターネットは「現実とは異なる世界」と位置づけられている。皆さんは、仕事以外でPCをどこで使っているだろうか。おそらくPCは、自室の机など、プライベート空間の中の決まった場所に置かれているだろう。そのため、PCを使うときは、意識を画面に集中させ、じっくりと向き合っている。PCを使っている間は、意識は本を読んでいるときのように、現実世界から離れているのだ。
しかしスマホの場合、インターネットは「現実とほぼ一体の世界」となっている。スマホを肌身離さず持ち歩き、移動中や外出先でも気になってチェックしてしまうことはないだろうか。スマホは、PCのように特定の空間でじっくり使うものではなく、いろいろな場所でスキマ時間に確認するものである。しかも情報が更新されるたびに通知が来るので、タイムラグもない。スマホの普及により、至るところからインターネットへアクセスできるようになり、インターネットを覗きながら生活することが当たり前になったのである。
スマホによる生活の変化
スマホの登場で生活がどう変わったのか、もう少し具体的に見てみよう。
インターネットを利用する環境が拡大した
Yahoo Japanの調査によれば、PCが自宅外で利用される割合は24%であるのに対し、スマホは48%にのぼる。(*1) また、自宅の中で使う場合も、机に向かっているとは限らない。テレビを見ながら気になることを調べたり、朝食を食べながらその日のニュースをチェックしたりと、他のことをしている間にも手軽に使われるようになっている。
調べ物や検討行動は、集中せずに短時間で済ませる
スマホの利用のうち、約半分はSNSやゲームなど自分のプライベートの楽しみに費やされており、企業のサービスを利用するのは、突発的な興味や課題が生じたわずかな時間のみとなっている。
さらに、頻繁にスマホを見るようになったかわりに、1回あたりの平均利用時間はPCよりも減った。アメリカの研究では、スマホユーザは平均して1日に150回スマホを見るという。しかし、Yahoo Japanの調査では、PCの利用時間が1回あたり103分なのに対し、スマホでは47分である。(*1)ここからゲームや動画視聴を除外すれば、さらに短い時間となるだろう。事実、Googleの調査では、スマホの1回あたりの平均利用時間は数十秒から1分と試算されている。(*2)
検討中にブランドを意識しにくくなった
Googleによれば、スマホで商品やサービスの検討をする際、ブランドよりも欲しい情報との関連性を重視するユーザは65%にのぼるという。(*2)1回あたりのスマホの利用時間が短いことと合わせて考えると、スマホユーザは特定のブランドやソースを思い浮かべるのではなく、検索で上位に出てきたもので満足するような、直感的な検討を行う傾向があると考えられる。
そのため、たとえ自社が知名度のあるブランドだとしても、適切な情報を提供できなければ、スマホユーザを自社サービスに定着させることは難しい。しかし逆に言えば、ここで適切な対応をすることで、知名度のないサービスでもユーザからの信頼を獲得し、次回以降に最初から自社サービスで検索してもらえる可能性が高まるのである。
このように、ユーザがスマホを取り出す環境が広がった一方、1回あたりの利用時間はPCよりも大幅に短くなっており、検討も浅く直感的な傾向がある。スマホを通じたユーザとサービスとの接点は、ユーザ自身も強く意識しないような、瞬間的なものになっているのである。
Googleでは、このような接点を「マイクロモーメント」と呼び、重要視している。この場合の「マイクロ」とは、「重要度の低い小さなもの」ということではなく、課題や興味を持ったユーザが「瞬間的にスマホで調べる」という意味である。マイクロモーメントへの対応は、これからのマーケティングにおいて鍵を握る概念となりつつある。
(*1)マルチスクリーン時代-デバイスのいま - Yahoo!マーケティングソリューションブログ
(*2)Micro-Moments: Your Guide to Winning the Shift to Mobile
マイクロモーメントへの主な対応事例
とはいえ、マイクロモーメントに対応するのは簡単ではない。無数にある接点全てに対して個別に対応するのでは、コストがかかりすぎるうえにきりがない。そこで、以下の3つの対応方針を、事例とともに紹介する。
- 1. 1個の重要なマイクロモーメントに対応する
- 2. 複数の小さなマイクロモーメントに個別に対応する
- 3. 浅い無数のマイクロモーメント全てを包含する
1: 1個の重要なマイクロモーメントに対応する
これは、切迫度の高い1個のマイクロモーメントに対象を絞るものである。例えば、直近で必要になる物がないと気づいた時や、急いで今後の予定を決めなければならない時などが考えられる。この場合、時間のない中で大きな問題を解決せねばならないため、ユーザがパニックになっている可能性もある。
このような状況で、サービスを通じて素早く課題解決をすることで、ユーザからのサービスへの信頼を一気に獲得することができる。ただし、慌てているユーザにストレスを感じさせないような利用フローを実現させるべく、設計を磨き上げることが必要となる。
例:HotelTonight
HotelTonightは、その日を含めた7日以内の売れ残ったホテルの部屋を、安く予約できるアプリである。このアプリのターゲットは、出張や旅行の当日にホテルを予約していないユーザである。
このアプリに掲載されるホテルはHotelTonightが独自の基準で厳選しているうえ、現在位置に近いホテルが優先して表示されるため、検索をかけた瞬間から候補が10-15件ほどに絞られる。ホテルの詳細情報を見ても、価格や地図・写真・設備・チェックイン時間・レビューなど、必要な情報を全て一画面で見ることができる。予約するときも、あらかじめ名前と決済情報を登録しておけば、3タップ10秒で完了する。このように、検索から予約までの全ての段階で、瞬時に手続きを行えるよう設計することで、切迫しているユーザのニーズに素早く応えている。
HotelTonight
2: 複数の小さなマイクロモーメントに個別に対応する
これは、日常生活の特定の文脈や作業の中で起こりうる、複数のマイクロモーメントに対応するものである。例としては、店舗で買い物をしているときにスマホで商品の情報を見る場合や、自宅で家事をするときに上手なやり方を調べる場合などが考えられる。
先ほどの方法と違うのは、個々のマイクロモーメントでの切迫度が大きくないことと、ユーザによってどの段階で情報収集をしようと思うかかが異なることである。そのため、一つの状況における課題解決をしただけでは、大きな信頼は得られない。しかし、複数のマイクロモーメント全てに個別に対応することで、「何かあってもこれを見れば大丈夫」という信頼を生むことができる。重要なのは、ユーザがどこで行き詰まる可能性が高いかを的確に把握することである。
例:HomeDepot
リフォーム用品の小売大手であるHomeDepotは、自分でDIYを行う意欲のあるユーザをターゲットとしている。店舗では既に多くの競合がいるため、HomeDepotでは新しいユーザ接点を獲得すべく、2010年頃からSNSでのマーケティングに注力し始めた。その中の一つが、Youtubeへの動画投稿である。
HomeDepotのターゲットユーザにとってのマイクロモーメントは、DIYのやり方がわからない時であった。例えば、壁の塗装を行う時や浴槽にタイルを敷く時など、ユーザによって行き詰まる工程は異なる。その度ごとに、彼らはスマホを取り出し、同じ工程を行っている動画を探していたのである。DIYは手先の技術を要求されるため、文章よりも動画の方が理解しやすいのだ。
そこでHomeDepotでは、DIYにおける重要な工程の解説動画を多く投稿している。いずれの動画も、店舗のプロ従業員が出演し、よく練られた分かりやすい解説を心がけている。さらに、庭の土の入れ替えなど、特定の時期にニーズの高くなる工程の動画を、季節に合わせて公開するといった工夫も行っている。現在では、動画の総再生回数は4,000万回を超えている。(*3)
The Home Depot - YouTube
3: 浅い無数のマイクロモーメント全てを包含する
ここまでの2つは、ユーザが何かの課題に直面し、瞬間的にスマホを取り出して調べるという例だった。しかし、ユーザは常に明確な課題意識を持っているわけではない。スキマ時間に、暇つぶしを兼ねてなんとなく情報収集をするという場合もある。これは特に、ライフイベント系を中心とした、検討期間が長く意思決定が難しい商材に多い。この場合、ユーザの中で情報源へのこだわりや特定のブランドへの信頼は生まれにくい。そのため、個々のマイクロモーメントに最適な対応をするだけでは、自社サービスを使い続けてもらえるとは限らない。
このような場合に有効なのは、自社のサービスで全てのマイクロモーメントを包含してしまうことである。インターネットが普及の途上にあった時期は、yahooやAOLなどのポータルサイトがネット利用の受け口となり、そこから別のサイトに入っていくという場合が多かった。それと同様に、その商材を検討する際に、自然と自社のサービスからいつも検討を始めるようにすれば良い。
この方針を取る場合は、綿密なユーザ理解を行ったうえで、パーソナライズされた情報の発信などを通じ、ユーザを自社サービスに誘導する工夫が必要となる。そのため、先ほどの2つの場合と比べてサービス設計は難しくなる。
例:ゼクシィアプリ
結婚情報サービスのゼクシィが抱えていた課題は、紙の雑誌で確保したユーザが別のウェブサービスに流出してしまうことだった。ゼクシィでは、ウェブサイトでは競合が多く、他社との明確な違いを打ち出しきれていなかった。そのため、雑誌を見たにも関わらず、たまたま目に入った他社のウェブサービスで予約を済ませてしまうユーザが相次いだのである。
これに対応すべく、ユーザの検討行動を調査したところ、いくつかの特徴が見つかった。まず、結婚式を検討中の花嫁ユーザは、スキマ時間ができるたびに情報を軽くチェックしていた。さらに、プラン決めの段階に入ると式場の情報は見なくなるなど、検討段階が一つ進むごとに必要な情報も変化していた。
これをふまえてゼクシィは、新しいアプリで花嫁ユーザのニーズの変化に最後まで伴走し、ゼクシィのみで検討を完結させる戦略を取った。まず、結婚式までのスケジュールや、検討事項の進捗を入力してもらう。そして、それに合わせたコンテンツを、検討の進捗に合わせてパーソナライズして表示するのである。さらに、実際に見られたコンテンツを集計し、レコメンドの精度を徐々に上げていく。これを繰り返し、その時々のニーズに合ったコンテンツを提供していくことで、自然にゼクシィでの検討・予約につながるようにしたのである。
この結果、ゼクシィからの来店予約数は大きく上昇した。(*4)ゼクシィアプリは、サービス間の違いが十分に分からないユーザに、スマホでゼクシィを利用してもらうための強力な入り口になったといえる。
ゼクシィアプリ
(*3)How Home Depot is Winning with How-To Video Content | reelSEO
(*4)接点の主力はモバイル 「Micro-Moments」を販促に生かす | 販促会議2015年9月号
マイクロモーメントへの対応に必要なもの
ここまで見てきたように、マイクロモーメントに対する対応方法は様々である。しかし、どの方法を取る場合でも、スマホサービス開発に共通して必要な要素がある。
マイクロモーメントの前後を含めた行動全体を理解する
ユーザを理解することはもちろん重要だが、個々のマイクロモーメントにおける行動だけを見るのでは足りない。スマホでの検討は無意識の行動に近くなっていることがあるため、個別のマイクロモーメントにおける行動のみを見ても「なぜそのページを見たか」「何を求めていたのか」について理解しにくい。
スマホを取り出す前にどのような状況であったのか、スマホを見た後にどのような行動を取るつもりかなど、検討の前後の行動を含めて観察することで、初めてそのマイクロモーメントがどのような意味合いを持っていたのかを理解できる。
文脈に寄り添ったデザインを設計する
スマホユーザはサービスやブランドにこだわりを持っていないことが多く、ユーザ自身も切迫している場合もある。そのような状況で自社サービスへの信頼を得るためには、デザインを見ただけで「これを使えばなんとかなる」と思ってもらわなければいけない。すなわち、文脈とデザインに一貫性が求められるのである。ムダな機能を省くことを心がけるとともに、プロトタイプを作成してユーザに使ってもらうなどの工夫をすることで、デザインを磨き上げていく必要があるだろう。
検討期間が長い場合、サービスを生活の中へ没入させる
ゼクシィアプリの例のように、ユーザに断続的ながらも長期間にわたって自社サービスを使ってもらいたい場合は、サービスへの没入感を生むことが不可欠になる。すなわち、そのサービスがユーザの生活に密着し、検討に欠かせないものとして無意識に使われるようにならなければいけない。
ゼクシィアプリの場合、膨大な検討項目を整理したダンドリリストや、パーソナライズされたコンテンツのレコメンドなどにより、検討を始めた花嫁ユーザが最後まで参考にするツールとなることができた。このように、ユーザの文脈やニーズに合わせて、提供するものを柔軟に変えることが、没入感を生み出すために必要と考えられる。
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執筆者:宮坂祐
(エグゼクティブマネージャ/エバンジェリスト)一橋大学法学部を卒業後、ビービット入社。金融、電機メーカー、メディア等の大手企業・ネット先進企業のウェブサイト改善・再構築に関するコンサルティングプロジェクトを多数手がけ、クライアントの成果向上に貢献。累計1000人超のユーザ行動観察調査の経験をもとに、近年は講演や執筆活動も実施。
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執筆者:大谷直也
(コンサルタント)東京大学経済学部を卒業後、ビービット入社。人材、メディア、金融機関等のウェブサイト・デジタルサービス改善プロジェクトに携わった後、現在はテクノロジーとユーザ中心設計に関する調査・研究活動に従事。