行動観察でパンフレットや手続書類の見えない課題をあぶりだす
パンフレットや手続き書類などの改訂の際に一般的に実施されている書類改善の手法にはいくつかの欠点がある。本コラムではそれらの欠点を克服する新手法として、ユーザ行動観察調査とその事例を紹介する。
Voice of customerやインタビュー調査に基づく、書類改善の限界
現在、企業はカスタマーエクスペリエンスを高める活動をおこなっているが、その中で書類でのコミュニケーションが見直されつつある。例えば、資料請求で送付するパンフレットやカタログ、保険契約の満期・更新を知らせるなどの手続き書類などが、想定以上に顧客満足度の向上やコールセンターの問い合わせ削減に貢献することが分かってきたからである。
もちろん、これまでも書類の改善の現場では、Voice Of Customer (VOC)によって「ユーザの声の反映」が広く行われてきた。しかし、VOCによる改善は「問い合わせユーザの不満を把握することができ、問い合わせ数の削減に効果的である」という優れた点がある一方で、欠点も存在する。
VOCの欠点の1つは、「ユーザの声の反映」と言っても「商品やサービスに関心が高いユーザやクレームを言いがちなユーザなど、一部ユーザの声の反映」になってしまうことだ。
例えば、パソコンの説明書が分かりにくかった時に、カスタマーセンターに問い合せるユーザはどれほどいるだろうか。多くのユーザは不満を抱えたまま黙って使い続けるため、サイレントマジョリティの不満はVOCでは拾いきれない。
もう一つの欠点は、「ユーザの不満の把握」はできるが、「その不満の背景にあるニーズの把握」まではできないことだ。
例えば、携帯電話会社のコールセンターには、「携帯電話の説明書が分かりづらい」という問い合わせが多くあるだろう。しかし、本当に問題なのは「説明書を読まなければ操作方法が分からない携帯電話」なのではないか。実際の利用シーンを見なければ、ユーザが何に困っているのかを気付くことは難しい。
では、書類改善の際に本当にすべきことは何なのだろうか。VOCやインタビュー調査の欠点を補うことができる手法としてユーザ行動観察調査が挙げられる。
書類改善におけるユーザ行動観察調査の有効性
ユーザ行動観察調査では、ある商品やサービスの検討ユーザや使用ユーザを調査室に呼び、自宅のリビングルームを再現したリアルな状況で、それを検討する様子や使用する様子を観察する。その際に、アイトラッキングシステムを使ってユーザの目線の動きを把握することで、ユーザが無意識下でとっている行動までも引き出すことができる。
VOCでは「幅広いユーザの声を収集できず、一部のユーザに偏ってしまう」、インタビュー調査では「言語化・意識化したニーズしか捉えられず、真のニーズを見逃してしまう」という欠点がある。では、ユーザ行動観察調査ではこれらの点はどうだろうか。
まず、「一部のユーザの声に偏ってしまう」という点では、インタビュー調査と同じく、ユーザ行動観察調査でも対象者の選定を慎重に行えば、実現可能である。
次に、「真のニーズの発掘」という点では、インタビュー調査とは異なり、ユーザの意見よりもユーザの行動を重視するので、本人自身が気付いていなかったニーズも捉えることができる。
これらにより、新たなビジネス機会の獲得や、コスト削減・業務効率化につなげることができる。以下、実際に成功したユーザ行動観察調査による改善事例を紹介する。
保険商品の満期案内書の改善事例
ある保険会社の「保険商品の満期案内書の改善」の取り組みについて紹介する。
この企業では、今まで満期案内書だけで全てが分かるようにと、継続案内書や手続きガイド、重要事項説明書、更新用書類など全ての書類を一度にまとめて送っていた。
しかし、ユーザ行動観察調査の結果、実際には継続案内書以外のほとんどの書類がユーザに読み飛ばされていることが分かった。また、プラン変更の検討は、書類ではなくウェブ上で行われていることが分かった。
なぜなら、ユーザは加入時や乗換時に「自分がしっかりと考えた内容」を信じており、去年と同条件ならばほぼ検討せずに更新するからだった。プラン変更を検討する場合でも、具体的な条件を設定できるシミュレーションの方が分かりやすいと考えていたのだ。
このように、ユーザ行動観察調査では、実物の書類をユーザにぶつけ、反応や行動を見ることができるため、ユーザが求めている「真のニーズ」を知ることができる。また、書類のプロトタイプを作り、ユーザの反応を事前に知ることで、実際に書類が届いたあとのユーザの不満を取り除ける。
ユーザ行動観察調査は、通信販売のカタログや、資料請求で送付するパンフレットなどの商品・サービスの改善においても、非常に強力な手法になりうるだろう。
まとめ
本稿では、「書類改善の手法」をテーマに、VOCやインタビュー調査の欠点を補う手法として、ユーザ行動観察調査を紹介した。この手法では、商品やサービスを利用するユーザが無意識下にあるニーズを知ることができ、事例を通じて、新たなビジネス機会やコスト削減につなげられることをご紹介した。
ユーザ行動観察調査は、友人・知人など調査対象者をこだわらなければ、比較的簡単に実施できる手法である。しかし、その効果を最大限にあげるには、適切な対象者の選定、適切な状況設定、妥当性の高い仮説を事前に揃えておく必要がある。そうしてはじめて、ユーザ行動の裏にある潜在ニーズにまで到達し、ビジネス成果を創出することができる。
今回紹介した手法によって、読者の書類の改善活動の行き詰まりに風穴を開けることができれば幸いである。
執筆者:中舘尚人
株式会社ビービット コンサルタント
東京大学経済学部経営学科卒業後、ビービット入社。