eNPS℠は何によって上がるのか ー 16業界eNPS℠調査結果【前編】
顧客及び従業員のロイヤルティを高める「ロイヤルティ経営」が注目を浴びています。 本コラムでは、従業員ロイヤルティの指標として使われる「eNPS℠」が何に影響を受けているのか、約5,000名に対して実施した定量調査結果について解説します。
デジタライゼーションが進行し、モノ売りからコト売りへの転換が企業の生き残りの鍵と言われる現在、顧客体験(カスタマーエクスペリエンス)の改善や、顧客ロイヤルティ指標としてNPS®※(Net Promoter Score:正味推奨度) が大きな注目を集めています。
特にNPS®は従来のCS(Customer Satisfaciton:顧客満足度)よりも売上や利益と相関することから、収益の先行指標として使う企業が増えてきています。
NPS®の活用を推進すると、必ずといって良いほど「NPS®を上げるためには、社員が顧客志向のマインドで仕事をしないといけない」という議論が巻き起こります。その時に検討されるのが社員エンゲージメントの指標としてのeNPS℠(Employee NPS)です。NPS®が「顧客に企業(商品・サービス)の推奨度」を聞くのに対し、eNPS℠は「社員に自社への入社の推奨度合い」を聞くことで、職務内容や労働条件、待遇、人間関係等への満足度や、働きがいの実感度などを可視化します。また、NPS®同様、単に会社に満足しているだけではなく、顧客や社員の役に立つことに喜びを感じ、顧客により貢献しようという高いモチベーションを持っているかどうかも把握できると言われています。
この結果、eNPS℠が高いと、NPS®も高くなり、結果として業績向上に結びつきます。
NPS℠は公表されているデータが数多くありますが、eNPS℠のデータはまだ少ないのが現状です。そこでインターネット上のパネル約5000名に対して、従業員の企業へのロイヤルティが何によって高まるのかをeNPS℠によって調査しました。
調査協力者には、お勤め先の業種、規模、役職、eNPS℠とその理由(自由記述)、またeNPS℠要因として想定される、以下5項目の満足度について尋ねました。
1.労働時間
2.上場有無
3.正当な報酬
4.正当な評価を得られているか
5.顧客への貢献実感
全体のeNPS℠は-61.1、業種別だと「官公庁・自治体・公共団体」のeNPS℠が高い
調査の結果、業界別に見ると、官公庁・自治体・公共団体が-41.3でeNPS℠トップとなりました。一方、eNPS℠が低かったのは、低い順に出版・印刷関連産業、サービス業、運輸・運送業という結果でした。
なお、どの業界でもスコアがマイナスとなっていることに驚かれるかもしれませんが、日本で行われる他のeNPS℠調査でも、結果はマイナスとなっており、今回の調査の仕方に問題があった訳ではないと捉えています。
マイナスの要因を探るべく、回答者のスコア分布を見ると、5点をつけた人が全体の21.9%、6点が10.0%と、選択肢の中間点である5〜6点がボリュームゾーンになっています。
回答理由のフリーアンサーも踏まえると「自身の職場を勧められるかどうかは相手次第なので真ん中の5〜6点をつける」「自分は満足だが相手が気にいるかは分からない」という遠慮の心理が大きく反映された結果と考えられます。
それでは、これらeNPS℠の差は何によってもたらされるのでしょうか。上述の5つの想定要因とeNPS℠関係を順に見ていきます。
1.「労働時間」が長くてもeNPS℠は下がらない
昨今注目を集めている「長時間労働問題」。 もちろん過剰な労働は推奨されるものではありませんが、それだけがeNPS℠を下げる要因ではないようでした。
1日の平均労働時間別に集計した場合、最もeNPS℠が高いのは、5時間〜9時間の-60.4、また最も低いのは13時間〜15時間の-78.1でした。これだけを見ると、長時間労働の方がeNPS℠は低くなる傾向に見えますが、1日の平均労働時間が15時間以上の場合は-66.6となり、それより短い時間の時よりもeNPS℠が高まっています。また15時間以上と5時間未満の場合のeNPS℠はほぼ同じです。この結果から、あまりに長い労働時間は良いとは言えないものの、労働時間がeNPS℠を下げている原因と言えないということになります。
2.一部上場だとeNPS℠が高いが「上場有無」はeNPS℠に関係しない
次に、企業規模や安定性を表すとされる「上場有無」を見てみます。
こちらは、一部上場が-52.9、二部上場が-65.7、非上場が-62.7と、一部上場企業はeNPS℠が高いという結果でした。
一部上場企業はやはり「安定性」という点でeNPS℠を高めているのではないかと考えられます。eNPS℠コアの理由のフリー回答でも「一部上場企業で安定しているから」という回答が見られました。
一方で、「二部上場」と非上場の数値はほぼ同じであり、非上場だとeNPS℠が低いということはないようでした。
3.「正当な報酬を得られている」とeNPS℠が高くなる
続いて、「正当な報酬を得られていると感じるか」という設問に対する回答を見ると、正当な報酬とeNPS℠の間には相関関係が確認できました。
特筆すべきは、「正当な報酬をもらえていると感じるか」という問いに対し、「とてもそう思う」と答えた方は、eNPS℠が+17とプラスの値となり、平均eNPS℠を大きく上回る数値となっている点です。正当な報酬は生活の基盤であるだけでなく、自身の働きに対する評価・報いと受け取られ、結果として会社に対する信頼度が増す結果になりえることを示唆していると考えられます。
4. 正当な「評価」もeNPS℠に寄与
前述の正当な報酬と同様に、「正当な評価を得られている」と感じる方は、感じない方に比べてeNPS℠が著しく高くなりました。「きちんと評価をしてくれ、それに対する対価を支払ってくれる会社」に対しては、従業員のロイヤルティが高くなるといえる結果となっています。
5. eNPS℠には「顧客のために仕事をしている」ことも影響
従業員ロイヤルティに影響を与える要素として正当な報酬や評価は想像しやすいですが、調査の結果、これらに加え「顧客のために仕事をしていると感じるかどうか」もeNPS℠と相関していることが分かりました。
ネガティブな評価である「全くそう思わない」との回答者のeNPS℠は-91.3と極めて悪い数値となっています。このような回答者のフリーアンサーの記述には「ノルマが大変」といった記述も目立ち、従業員はノルマに追われる中で、「顧客に貢献をする」という仕事の本来の意義を見失なっているケースもあるのではないかと推測されます。昨今大流行したアドラー心理学では、「自己肯定感」「他者信頼」に加え、「貢献感」が共同体感覚、幸福感に繋がる要素として挙げられています。顧客の役に立っていないと従業員が感じる時、仕事から得られる幸福感が薄れ、会社へのロイヤルティは大きく低下するという傾向が読み取れます。
報酬・評価に加えて「顧客への貢献を感じられる」ことが大切
ここまでeNPS℠に影響をもたらすのではないかと想定される5つの項目を見てきましたが、「正当な報酬を得られていると感じること」「正当な評価を得られていると感じること」「顧客への貢献実感を持つこと」の3つの要素がeNPS℠に影響をもたらしていると考察されました。ただ、この3つの関係性や優先度が気になるところのため、重回帰分析を行ったところ、「正当な報酬を得られていると感じること」が最もeNPS℠と相関関係が強く、続いて「正当な評価を得られていると感じること」、「顧客への貢献実感を持つこと」の順という結果でした。
生活の基盤かつ自身の評価結果ともなる「報酬」がeNPS℠にとって最も影響を与えるという結果は納得感がありますが、「報酬」への満足がeNPS℠を高める効果はどの程度あるのか疑問に思い、次のようなデータを見てみました。 図10は業界別の「正当な報酬」への満足度ランキングと、eNPS℠のランキングですが、両者を見比べるとランキングが必ずしも一致しているわけではないことが分かります。
例えば学校・教育産業は、「正当な報酬をもらえているか」という評価においては、業界別ランキングで11位ですが、eNPS℠は2位です。逆に、信託・証券は、「正当な報酬」に関しては7位ですが、eNPS℠では12位とランキングを下げています。
また、eNPS℠の評価の理由を尋ねるフリー回答を見てみると、eNPS℠を0や1と回答したユーザに「ブラック」「給料が安い」というコメントが多く見られる一方で、10や9をつけた回答者には「働き甲斐があるから」「福利厚生もしっかりしているし、やりがいがあるから」といったコメントが見られました。
これらのデータから、「正当に報酬をもらい、評価されること」は仕事をする上で必須であり、これが満たされていないと、「eNPS℠が下がる」のではないかと考えています。一方で、人は他者に貢献するために働いています。ですので、正当な報酬と評価だけでは不十分であり、正当な報酬と評価を受けた上で、「顧客への貢献を感じられること」で働くことへの意義を実感し、仕事に誇りが生まれ、企業へのロイヤルティも高まるといえるのではないでしょうか。
なお、「顧客への貢献実感」「評価」「報酬」ともに満点と回答した方はeNPS℠は32.39でした。また、全ての評価が最低値と回答した方のeNPS℠は-96.88でした。
全体のeNPS℠は-61.1であることを踏まえると、上記の3要素の改善に取り組むことは、eNPS℠向上につながる余地が大幅にあると言えます。
そこで本コラム後編では、どのようにするとeNPS℠を高めることができるのか、部署別のeNPS℠調査結果データをもとに考えます。
【特別コラム】金融業界のNPS®とeNPS℠に関する考察
冒頭でNPS®とeNPS℠は相関する傾向にあると書きましたが、今回の調査の結果、金融業は他業界に比べてeNPS℠が高い(16業界中保険は4位、銀行は5位)一方、よくある業界別NPS®では、金融業界は他業界に比べて平均が低くなることが多くあります。
つまり、お客様からの評価は他業界に比べて低いにもかかわらず、中で働く社員は職場に満足しているというやや不健全な状況が見え隠れするのですが、これは金融がインフラであることと、規制産業であることが大きく起因していると考えられます。
インフラは安定稼働していて当然という顧客からの無意識の期待があり、日本の金融はそれを極めて高いレベルで実現しています。その裏には各金融機関が多大な労力・努力を払っていますが、それを顧客が実感する機会は少なく、評価もしていないのが実態です。もちろん、「窓口が3時までと閉まるのが早くて店舗に行けない」「大手銀行は新興のネット系の銀行に比べて金利条件が悪い」「紙や印鑑など昔からの慣習が多くて手間がかかる」等、商品・サービス面での不満が聞かれることも多くありますが、顧客評価(NPS®)という面ではやや不利な産業であるとは言えます。
同時に、日本の金融業界は法令に守られ参入障壁が高く、競争が生まれない一方、雇用や報酬が安定する傾向も高く、働く人にとっては「安定した職場」「金融機関への就職はエリートの証」という側面もあります。これが極端にeNPS℠が低くはならないという結果を生み出しているのではないでしょうか?
しかし、上述の通り、eNPS℠をさらに高めるには「顧客への貢献実感」が大切です。
金融業界の確固たる報酬の基盤の上で、従業員が「顧客への貢献実感」を抱くことができれば、金融業界のeNPS℠そしてNPS®はさらに良い数値になっていくのではないかと考えています。
※注記
NPS®とは、ベイン&カンパニーが開発した「顧客ロイヤルティ測定指標」であり、顧客が企業に対して抱く満足度や信頼の度合いを定量化するもの。測定方法は「この企業(あるいは、この製品、サービス、ブランド)を友人や同僚に勧める可能性はどのくらいありますか?0〜10点で評価してください」という「究極の質問」を顧客に行い、10,9点をつけた顧客を「推奨者」、8,7点を「中立者」、6点以下を「批判者」(6〜0)と分類する。推奨者の割合(%)から批判者の割合(%)を引いた割合 がその企業のNPS®となり、マイナス100からプラス100までの数値で表される。
※ NPS®は、ベイン・アンド・カンパニー、フレッド・ライクヘルド、サトメトリックス・システムズの登録商標
※ eNPS℠はベイン・アンド・カンパニー、フレッド・ライクヘルド、サトメトリックス・システムズの役務商標
本調査レポートの全文及び調査結果の全データは以下よりご覧いただけます。(個人情報等の入力は不要です。)
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執筆者:武井由紀子(取締役)
早稲田大学政治経済学部経済学科を卒業後、アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)入社。チェンジマネージメントグループに従事。