ライオン株式会社 様

生活習慣が根付くために必要な体験設計とは?「クリニカKid’s はみがきのおけいこ」プロジェクト

歯みがきを習慣化して子どもの自立をサポートする

生活習慣がユーザに根付くよう働きかけるのは、そう簡単ではありません。まして当事者が子どもだと、なおのことです。

2020年9月、ライオン様は子ども向けのアプリ連動IoT歯ブラシ「クリニカKid's はみがきのおけいこ」のテスト販売を開始しました。歯ブラシにIoTアタッチメントを付け、専用アプリと連動させると、きちんと磨けているかどうかを計測し点数化する仕組みですが、ここに込められた子ども目線の体験は「泥んこのワンちゃんをブラシで洗ってあげる」ことでした。

「りかちゃん、今日も洗ってくれる?」「とっても上手!」などと、キャラクターに話しかけられることで、子どもは自然と歯みがきに主体的に。最長3カ月にわたったモニター調査からは、サポートする親と一緒に”きれいにしてあげる”という協力関係が構築され、親子のコミュニケーションも円滑になったことがわかりました。

長年、親子の歯みがきに横たわる問題に寄り添う中で、直近の課題として「歯みがきの習慣化」に向き合っていたライオン様。今回のUX設計とソリューション開発プロジェクトを、ビービットがご支援しました。プロジェクトの経緯と現時点の手応えを、ライオンの横手弘宣様と遠藤知佳様、またビービットの平井剛直と廣橋沙紀に聞きました。

左側の歯ブラシ下部についているIoTアタッチメントと、スマホアプリを連動する仕組み「クリニカKid's はみがきのおけいこ」

習慣化には、サービス・デザインの発想とノウハウが必要

クリニカKid'sでは2017年、”曲がる歯ブラシ”を発売しました。0~2才用と3~5才用の歯ブラシの柄を側面に曲がるようにし、万が一の際の衝撃を低減したのです。従来の歯みがきシーンでは、嫌がる子どもを羽交い絞めにしてブラッシングするお母さん、という「まるで戦場のような状況があった」と横手様は話します。そこで、曲がる柄に興味を持たせることで、そのストレスを軽減しつつ、子どもが自分で使うにも安全性が高い歯ブラシを、と開発されたのがこの商品でした。

ただし、単に「嫌がらずに磨ければいい」という考えで開発を進めたわけではありません。

横手様「むし歯予防は歯みがきの大事な機能的価値ですが、私どもとしてはそれだけでなく、顧客にとっての生活価値や体験価値を把握し、提供したいと考えてきました。当時のユーザ調査を通して、『親子でコミュニケーションをしながら、子どもが成長していく姿を見ること』が顧客の喜びであり、ブランドに期待することなのだとわかりました」

ライオン ヘルス&ホームケア事業本部 オーラルケア事業部 ブランドマネジャー 横手弘宣様

ブランドの思いを込めたアプローチが奏功し、曲がる歯ブラシは一定の市場を獲得しましたが、次の課題として「習慣化をサポートできていない」ことが浮かび上がってきました。

横手様「製品が良くても、生活の中で習慣化しないと、お母さんの不安やイライラは消えません。そこを私どもが解決できれば、社会的価値の創出につながり、幼少時からライオン製品に触れてもらうことでブランディングにも寄与します。当社の研究所での技術シーズも踏まえ、次の一手にはIoTを使ったデジタルデバイスの開発をイメージしていました。

ただし習慣化には、”モノ”ではなく”サービス”としての品質を考える必要があります。当社には、そのためのサービス・デザインの発想がないので、パートナー企業が必要だと思っていました」

遠藤様「当時、こんな世界になるといいなというコンセプトボードは描いていました。ただ、この世界の実現に何からどう動けばいいのかがわからない状態だったんです」

ライオン ヘルス&ホームケア事業本部 オーラルケア事業部 遠藤知佳様

「IoT歯ブラシをつくる」のではなく「お母さんのペインを解消する」

そんな折、共通の知人の方の紹介で横手様が出会ったのが、ビービットでした。2018年1月の初回打ち合わせから、「ブランドが目指していることがよくわかった」と平井は振り返ります。

平井「確固たるビジョンをお持ちですし、研究所にもすでにブラッシングの動きを計測し数値化する技術があると聞いたので、それをどう体験に落とすかは、いくらでも方法があると思いました。

ひとつポイントだと思ったのは『IoT歯ブラシをつくろう』という切り口で進めると、ニーズが限定的になって市場が狭まりそうだということです。そうではなく、子どもを怒りながら歯みがきをさせるという『お母さんの”ペイン”をなくそう』という切り口なら共感性が高く、大きく市場が広がります。この方向で、プロジェクトを進めていくことになりました」

ビービット エクスペリエンスデザイン責任者 平井剛直

横手様「サービスが顧客の生活に入り込み、継続的に価値を提供していく体験の設計には、やはり専門の知見とノウハウが要ると思います。平井さん、廣橋さんには私どもの方向性をすぐに理解していただき、習慣化をサポートするために必要な価値は何か、といったディスカッションが進みました。ゼロイチのフェーズを一緒に踏み出せると感じました」。

コンセプトボードに描かれた世界の実現に向けて、お母さんの不安とイライラを和らげ、子どもが歯みがきに前向きになる体験デザインのプロジェクトが始まりました。

まずビービット側でも、実際の親子の歯みがきシーンを調査しました。本当に戦場のような状態に驚き、また、お母さんの大変さもよくわかったと平井と廣橋は話します。一定数の人は「ちゃんと磨かなければ」と強いプレッシャーを感じ、それが子どもへの強制的な態度に現れている状況もありました。

廣橋「初期の段階で、ライオン様からは『歯みがきを通して親子の会話が生まれるようになってほしい』とうかがっていました。それを念頭に観察していくと、お母さんも子どもも『本当はケンカしたくない』という思いがあるとわかりましたし、ただ『磨いた?』だけでなく『今日はとてもキレイにできたね!』といったポジティブな会話が積み重なるといいなと……思ったのですが、現状からはかなり遠いなと、最初はハードルを感じましたね」

ビービット シニアコンサルタント 廣橋沙紀

「ぺスくんを一緒にきれいにしよう!」親子の協力関係がカギ

初回のモニター調査に向けて、ライオン様側では子どものいる社員の協力を得て、既存の歯みがきサポートアプリや機器を数多く試されたそうです。結果、瞬間的に心をつかむことはできても、歯みがき自体への主体性を継続的に促すような仕組みは見つかりませんでした。

また、もともとコンセプトボードでは歯ブラシにしっぽが生えており、「親子に対する第三者として犬のようなキャラクターがいたらいいのでは、というイメージがありました」と遠藤様。仮で、ぺスくんという名前がつけられていました。

ライオン様がプロジェクト開始前に描かれていた、クリニカKid'sで目指したい世界観を表したコンセプトボード

一方、廣橋は子どもに人気のゲームを試したり、絵本を読んだりと、子どもが夢中になり主体的に楽しむ要素を調べ上げ、どのような体験がつくれるかを検討。遠藤様の「第三者としてのキャラクター」という発想を加味しながら、さまざまな切り口で熟考した末に「ぺスくんを一緒に洗ってきれいにしてあげよう!」というストーリーを組み立てました。

初回のモニター調査は、ビービット社内の特別な部屋にて実施。案件ごとにカスタマイズしていますが、今回はモニター親子にスマホを見ながら歯みがきをしてもらい、別室から話しかけるという、アナログな工夫を凝らした調査を実施しました。

初回モニター調査の状況。プロトタイピングとして、アプリの画面を模した数枚の画像を仕込んだスマホをモニター親子に預け、子どものブラッシングに合わせて別室から「上手だね!」などとリアルタイムで通話した。

遠藤様「あのコンセプトボードから、こんなふうにプロトタイプをつくれるとは想像もできなかったので、本当に驚きました。『まさにこれだ!』という、感動体験でしたね。私は子どもがいますが、母親の目線でも『ワンちゃんを一緒に洗う』という流れはとてもいいと直感しました」

平井「キャラクターを親と子の間に置くと、親子で一緒に働きかけるという協力関係を構築できるんですね。普段の歯みがきは『親vs子』の対立構造だから、イライラが募りやすい。これらは初回調査後に分析してつかめたことですが、結果としてキャラクターの活用と初回に見出したストーリーは有効だと手応えがありました」

従来の歯みがき時の親子の構図(左)と、今回新しく考案したUX設計における親子の構図(右)。

初めてのプロトタイピングからは、意外な学びもありました。参加した子どもに感想を聞くと、仕掛けの楽しさとともに「お母さんが笑っていたから楽しかった」と答えたそうです。

廣橋「お母さんがラクな状態を、子どもも敏感に感じ取っているのだなと実感しましたね。ただ、この好循環が毎日続くためには、子どもが自律的に歯みがきをし、上達や成長を親子で喜べることが必要です。これが今回求められる体験要件でした」

おおまかな体験の流れ。単なるゲーム性や特典で惹きつけるのではなく、絵本のようなストーリー展開で子どもが歯みがきそのものに意識的になり、親子で上達を実感できることを目指した。

3日、1週間と続けられる、飽きないための仕掛け

初回調査は1日限りでしたが、2回目調査は1週間。初日に体験してもらい、家に持ち帰って1週間使ってもらった上で、最終日に再度モニタリングするという流れです。中盤は、遠藤様と廣橋でモニター親子のお宅訪問も実施しました。

横手様「初めから、平井さんに『初回は喜んでもらえても、3日続くか、1週間続くかという視点での設計がとても大事です』と聞いていました。なので、この2回目調査がうまくいくかは今後を左右すると思っていました」

遠藤様「初回では、感動の体験があると親も子もがぜん前のめりになるんだなという気づきがありましたが、とはいえ感動は一瞬です。2回目調査に向けて、毎日飽きずに使ってもらえる仕掛けについて毎日のように廣橋さんとやり取りしていましたね。

その際もポイントになったのは、ぺスくんです。ぺスくんがいるから、親子が協力関係になれるという構造がわかったので、例えば歯みがき後のご褒美でも『ぺスくんと遊べる』『ぺスくんがプレゼントをくれる』といった形で常にぺスくんを軸に考えていきました。また、IoTデバイスによる毎回の歯みがきを点数化も、モチベーションが高まる点数の上がり方を議論したりしました」

そして迎えた2回目調査。最終日には「ぺスくんと離れたくない!」と泣いてしまう子がいるほど、強く子どもの心をつかむプロトタイプとなりました。また、熱中した子とそうでない子を比較すると、やはり点数の向上=歯みがきの上達度が違っていました。

廣橋「成長実感が大事だという仮説が確かめられましたね。子どもがぺスくんと仲良くなり、実際に歯みがきが上達していくと、習慣化につながっていく。例えば歯みがき中もぺスくんが『つぎは、はんたいがわへ、ジャーンプ!』と言うなど、さらに体験を充実させていきました」

当然、ライオン様としては、ここでの子どもの”上達”が歯科学的な視点から正しいことは大前提です。その点でも歯科医師にビデオを確認してもらい、ひじが閉じて細かい動きができていること、前後左右をまんべんなく磨こうとしていることにお墨付きを得たそうです。

横手様「どんなに子どもが気に入って、お母さんがラクになっても、歯科学的な視点での正しさに欠けるものは絶対に認められません。その部分の両立は、プロジェクトの要でした」

完成品のパッケージ。長期モニター調査で続けられた親子を分析すると、お母さんが開けるのではなく「〇〇ちゃんに何か届いたよ!」と主体的な体験へ誘うスタート時のポイントがわかり、ワクワク感を促すパッケージに。

「練習するとうまくなる!」と子どもが理解し、主体的に

2018年1月にスタートしたプロジェクトは、相当なスピード感で進行し、8月の段階でUX設計書を策定しました。以後、アプリやデバイスをつくるパートナー企業も交えて実現へひた走り、2020年前半に最終の調査を実施。継続意向や成長実感などのアンケートでは、ほぼすべての項目で90%以上と高いスコアを獲得しました。さらに「練習すればうまくなると子どもが理解したので、習い事も熱心にやるようになった」という声もあり、正しい歯みがきを通して子ども自身の成長も促せている様子がうかがえました。

そんな様子から、プロダクトの正式名称は「はみがきのおけいこ」に。2020年9月よりLOHACOでテスト販売を開始し、好調に滑り出しています。今回のプロジェクトを振り返り、横手様は「私どもが実現したい世界を描けていて、そこに外部専門家としてビービットさんに加わってもらったことが、いちばんのポイントだったと思う」と話します。

横手様「プロジェクトを通して、社外の専門家と対等にわたりあえるような知見やノウハウを蓄積し、主体的にマネジメントしていくという組織的な課題が見えてきました。また、モノではなくサービスの体験構築となると、一つひとつの体験が連動したときに理想形になっているかもマネジメント的には大きなポイントです。その部分を今回ビービットさんに支援いただき、顧客にとって本当に役立つものへ漕ぎ着けたと思います。

ビービットさんとの取り組みは、酸いも甘いも本当にすべてが得難いことでしたが、いちばん感謝しているのはやはりゼロイチという最も苦しい一歩目にがっぷり四つで並走し、示唆とサポートと深いディスカッションをいただいたことです。私どもの目的はIoTデバイスの開発ではないので、今後はITを使う体験の進化もあれば使わない体験の進化にも取り組みますが、その際にもぜひ議論のパートナーとして一緒に進められたらと思います」

遠藤様「プロジェクトを通して、お客様をこんなにも丁寧に見ることが大事なのだと感じました。社内のメンバーと話しているだけだと、やはり机上の空論になっていることがあるな、と。今回のようなアジャイルな進め方も、今後もっと必要になってきますよね。

まだ販売が始まったばかりですが、一人でも多くの歯みがき嫌いの親子が減るといいなと願っています」

今後、ユーザの広がりに応じてデータを蓄積し、定量分析だけでなくOne to Oneのコミュニケーションも視野に入れているそう。年齢で区切るのではなく、デバイスを通して成長度合いを把握し、適した製品をタイミングを図ってお知らせすることも可能になります。この仕組みによる習慣化はすなわち、クリニカブランドが毎日の子どもの歯みがきシーンに寄り添い、コミュニケーションが取れることの実現でもあります。

歯みがき回数からブラシ交換時期を推測し、キャラクターが「そろそろブラシがぼさぼさだから、替えてくれたら僕のよごれがもっと落ちるよ!」と教えてくれる。タイミングよく買い替えを促すことが可能に。

「これを機に、使って価値が生まれるというサービス・デザインのビジネスにライオンも本格的に踏み込んで、ものづくり、価値づくりの2つの視点で新しいチャレンジを重ねたい」と横手様。また、平井も「このプロジェクトが、ライオン様とお客様が価値を共創する未来を指し示す一歩になるとすばらしい」と続けます。ビービットは今後も、ライオン様のお取り組みを全力で支援させていただきます。

■LOHACOでの販売ページはこちら。
https://lohaco.jp/event/hamigakino-okeiko/