「すべての人に心身の健康と理想の状態を届ける」ためのサービサーへの転換
“トクホ飲料”の市場をけん引してきた花王「ヘルシア」が今、新しい形で顧客との関係を構築しようとしています。
2020年4月、LINEアプリで内臓脂肪を記録できるサービス「モニタリングヘルス」がスタートしました。そして現在、継続率向上のためのさらなるサービスを構築しており、来年にリリースする予定です。その方針策定とUX設計を、ビービットがご支援しています。
今回は現在進行形のプロジェクトについて、前編ではヘルシアの課題や花王様における同事業の位置づけを伺いました。生活習慣病の予防を掲げるヘルシアでは、内臓脂肪の減少を打ち出していますが、週2本程度の飲用に留まるユーザが中心の現状では、その効果を十分に感じていただけないという課題がありました。
こちらの後編では、実際のアプリ企画のプロセスをご紹介します。後編は、花王株式会社 ヘルス&ウェルネス事業部の小山隆史様、柳田雄一様、香林祐介様、に、ビービット側の担当者の下地達也(UXインテリジェンス事業部シニアコンサルタント)がお話を伺いました。
ビービットへの期待はデジタルとUX ~アフターデジタルの概念を実装する
ヘルス&ウェルネス事業部の皆さまがビービットを知るきっかけのひとつになったのは、書籍『アフターデジタル』でした。シニアマーケターの柳田様が書籍を手に取り、外部セミナーに参加して、アフターデジタルという概念の重要性を痛感したそうです。
柳田様「今後のビジネスの考え方を大きく変えなければいけないのだとわかり、すぐに社内勉強会の実施へと動きました。そこで宮坂さん(ビービット執行役員/エバンジェリスト)にお話しいただき、アフターデジタル時代に即したトランスフォームの必要性を改めて認識しました。同時に、ビービットさんは花王にない要素を持っている企業だとも強く感じました」
その要素とは、「デジタルとUX」だと柳田様は続けます。
柳田様「中国での実績を含めて、ビービットさんはデジタル領域に大きな強みをお持ちですよね。花王でも、鈴木部長を中心にDXを推進しつつあり、挑戦している段階です。その推進に、きっと学ぶことが多いだろうと思いました。またUXの観点では、花王は長くモノづくりにこだわってきましたが、サービスを体験し継続してもらえる仕掛けづくりや設計方法に長けた人はほとんどいません。そういった知見とノウハウも、ビービットさんに期待した点です」
一方、ヘルシアのブランドマネージャーの小山様も、外部の講演でビービットのセミナーを聴講されたことがあり、「特に中国の最新のデータ活用ビジネスには衝撃を受けた」と話します。
小山様「私も一時期、国際部門で中国の市場を見ていたのですが、アリババやテンセントといったプラットフォーマーが、もしも日本で勢力を広げていったら、花王や他のメーカー企業も飲み込まれてしまうのでは、という危機感がありました。どうしても、当社はモノに意識が集中しがちですが、サービサーへと転換していかなければ、10年後、20年後に存続していないかもしれない。ビービットさんと組むことで、モノに依存する社内のDNAを払しょくできるのではと思いました」
「健康を目指す」のではなく「無理なく健康に」が目標
今回のサービスは、続けていただくことが何よりカギになると、ヘルシアのマーケティングご担当の香林様は話します。
香林様「広告やインセンティブの付与などで初回利用は促せても、使い続けていただけるかはサービス設計の方向性と質が問われます。複数の研究結果や事例などをあたるうちに、「健康になれる」という動機付けだけでは継続利用には結びつかないと、頭を抱えるようになりました」
企画はある程度進んでいたものの、顧客に継続していただけなければ「内臓脂肪を減少させて健康を実現する」というヘルシアが目指すゴールにはたどり着きません。花王様のチーム内で検討を重ねる中で、「無理なく健康に」という方針が浮かび上がりました。
そこで下地を中心に、ビービット側でプロジェクトを整理し、上記の方針に沿ったアプリを企画。運動の中でも「歩行」は多くの人が習慣にしやすく、かつスマートフォンで捕捉できるので体験を促しやすいという観点からウォーキングに着目しました。
そして、プロトタイプをモニターの方々に体験してもらいながらブラッシュアップを図っていきました。
なぜ花王が手掛けるのか コーポレートのビジョンから落とし込む
前述のように、モノづくりに強みがあった花王様の中で、UX設計と精度の向上という仕事はどのように受け止められていたのでしょうか。ビービットとのお取り組みのプロセスに対する評価を伺うと、主に3点が浮かび上がりました。まず、ブランド活動としてのアプリのUX設計に留まらず、コーポレートのビジョンから考えて企画に落とし込んでいったことです。
下地曰く、“無理なく”といってもその体験の内容や設計は幾通りもあり、ゲーミフィケーション要素が盛り込まれたアプリもすでに複数登場しています。
下地「だからこそ、なぜ花王という企業がこのアプリを手掛けるのか、どうしたら企業らしさが生きるのかという観点を大事にしたいと考えました。いくつかの方向性を探る中で、『これは花王らしくない』と判断されたものもあったと思います。私が個人的に印象深かったのは、他のユーザと対戦するようなアイデアが却下されたことですね。戦いの要素が企業のカルチャーや提供価値と相容れないと、皆さんが暗黙的に共有されているのを感じました」
ヘルシアのブランドマネージャーである小山様は、次のように答えます。
小山様「いちブランドとしてだけでなく、花王という企業のレイヤーにまでスコープを広げて、ブランドのあるべき姿とUXを考えていただけたのはとてもありがたいことでした。同時に、これだけ多岐にわたるブランドを擁する企業のブランドマネージャーとしては、ブランドのフィロソフィーがコーポレートの在り方を抵触しないように、といった程度の考えに留まっていたことに気付かされました。その概念をひとつ上げていただいたと思います」
下地は、プロジェクトの終盤でコーポレートのビジョンからの落とし込みを提示したため、受け入れていただけるか心配だったといいます。
小山様「いえ、本来はそうあるべきですよね。コーポレートでは『キレイ』がキーワードになっており、その解釈を各カテゴリや事業分野で展開していっています。健康もある意味『キレイ』な状態だと捉えると、ヘルシアでも『花王が考える健康』を定義し、ブランド活動に徹底していく必要があります。ただ、実際には事業部制で縦割り組織なこともあり、いちブランドとしてそこまで考えられていなかった。その点を教えてもらい、助かったと思っています」
下地「全社があって事業があって、その中のいちブランドという構造があるので、理想としては上から一気通貫でコーポレートのビジョンを徹底し具現化していけるといいのだろうと思います」
“運動”ではなく、“健康的な生活”におけるペインの解決
2つ目は、運動といった限定的な活動における課題ではなくヘルシアがターゲットとする中高年男性が実現したい生活(ライフスタイル)を阻んでいる課題に着目したことです。
香林様「ビービットさんは、常にユーザのペインを見つめることから発想していたのがとても印象的でした。特に、まずターゲット層が抱えるペインを広く捉えて、調査でそのペインの確度を確かめて精緻化していくプロセスが、サービスを磨き上げる結果につながったと思います」
小山様「同感です。いろいろな切り口がある中で、ライフスタイルを踏まえた視点からウォーキングにつなげるのは、ビービットさんのそのプロセスがあったから実現できたと思います」
下地「楽しく運動できれば無理なく習慣化するという仮説はあったものの、プロトタイピングを続ける中で、“運動”として根付かせるのではなくもう一歩踏み込んで“ライフスタイル”にどう入り込むかの視点を加味できたのは、我々としても手応えがあった部分でした。ライフスタイルの中にアプリが取り込まれたとき、そこでどのようなペインが生じるかを細かく把握できたので、アプリの精度をより高めることができました」
バリュージャーニーを構築する上での第一歩を踏み出す
そして3つ目は、単発の施策としてではなく、バリュージャーニーを構築する上での第一歩を具現化したことです。アプリはあくまで、長期的に顧客との関係を築いていくひとつの手段にすぎません。顧客の視点で、今後どのような体験をしていくと健康というゴールにたどり着き維持できるかというジャーニーを描いた上で、今回のアプリをそのジャーニーが始まる最初の「コア体験」となるように位置づけました。
香林様「もともと週4回の飲用を促すことがひとまずのゴールで、その手段がモニタリングヘルスでした。その利用者が増えているなど、第一弾の取り組みの感触はとても好調です。『世の中の人を心身とも健康にする』ことへの最初のステップとしては、成功していると感じています」
柳田様「香林さんと同意見で、とても難しい課題にチャレンジしたと思っています。我々が一緒にやらせていただく中ではベストな回を導き出せました。来年にローンチする第二弾が楽しみです」
ヘルシア事業のサービサー化の先にある3つの課題
では、この先にアプリが顧客に使われるようになった先に、どのような課題が考えられるでしょうか。今後の展望についても伺ったところ、大きく3点が挙がりました。まず、きちんとグロースできる体制を整えることです。ビービットがプロジェクトの経過中にグロース体制のご提案をしましたが、そのためにはアプリ単体でヘルシアの売上が立つようになる必要があるようです。
小山様「やはり、これまでモノを売って利益を得て、それで次の事業を展開するというモデルしか経験していない企業なので、現時点で売上が立っていないサービスに人を割くことの理解が難しい部分はあります。ただ、ご提案のようにしっかり人をつける必要があるだろうとは思うので、何らか検討していきたいです」
次に、サービサーへの進化について。将来、ヘルシアの事業では、トータルヘルスケアプラットフォームの構築を視野に入れています。今回は急ピッチで企画を進めた経緯がありましたが、「プラットフォーマー化に向けたグランドデザインをもう少し一緒に考える時間があればよかった」とのご意見をいただきました。
小山様「そうですね。最終的には様々なモニタリングや提案を通じてお客様と関係を構築し、自分が健康になっていることを実感できる仕組みがつくれれば。そのいろいろな提案のひとつがヘルシア、という形でもいいのかなとも思います。今はヘルシアありきの組み立てですが、どこかの時点で変えてサービスを充実させ、サービスでマネタイズできるようになれば人も増強できると思います」
下地「何もない状況から新規事業を立ち上げ、スケールさせるのはとても難しいことです。今回はすでにヘルシアの販売というマネタイズのポイントがあるので、それを起点に顧客との関係をデジタル化してマネタイズを図りながら、最終的な構想に近づけるといいですね」
そして3つ目は、全社レベルでのサービサー化について。今回はヘルシアの事業におけるプロジェクトですが、「どの事業でもサービサー化が必要な状況は同じだと思う」と小山様。
小山様「ブランド間の顧客データの連携や、総合トイレタリー企業の強みを活かした全社的なサービス構築なども、自社だけではモノ起点の発想になってしまってやりきれないのではと感じます。そうした部分でもビービットさんに協力してもらえたらと思います。全社的なDXは、鈴木部長が率いるコンシューマーリレーション部が部門横断的に推進しているので、ブランド側としてもそれが加速するように一緒に進んでいくつもりです」
今後はデジタルに強い企業といかに組むかがカギになるはず
今回のビービットとのお取り組みは、前述のように書籍『アフターデジタル』がきっかけのひとつになっています。花王がこの先も生き残るために、自社にない要素を提供してくれる内容だと、社内セミナーをプッシュしていただきました。そこから始まった今回のプロジェクトを、改めて振り返っていただきました。
香林様「今回の企画は単なるキャンペーンではなく、ヘルシアと顧客との今後の関係構築を見据えたアプリで、方針の転換もあったため負荷も大きかったと思います。それを本当に短期間で、抜け漏れなくロジカルに整理して、正しい方向に導いてくださったと感謝しています」
小山様「重複しますが、我々はどうしてもモノに依存するDNAが強い企業なので、今回の取り組みを通してビービットさんから新たなDNAを入れていただいたと思っています。もう、いいモノさえ作れば売れる時代ではないですよね。今のままではモノづくりの下請け企業にもなりかねないので、モノの効果を実感していただくにはサービスをベースにしなければいけないと、ビービットさんに教えてもらいました」
実際にバージョンアップしたサービスがユーザの手に渡ってからになりますが、現段階でのアウトプットについてはベストの解を導き出せたのでは、と柳田様は話します。数年単位での今後の注力点を伺うと、中国を意識したご意見が挙がりました。
柳田様「今のデジタルの流れを見る限り、日本からは新しいものはなかなか生まれにくいのではと感じます。特に中国の最新事例では、プラットフォームを活用したサービスが次々と出てきており、それが日本や各国に輸入されるのが今後の潮流では、と。すると、そうした部分へのアンテナが花王では張り切れていないので、ビービットさんにはぜひ最新情報や我々のサービスを横展開する可能性などの意見をいただけるとありがたいです」
ヘルシア事業ではトータルヘルスケアのプラットフォーム構築を目指しています。そのためには、ヘルシアによって内臓脂肪やその他の要因の減少を促すのではなく、そのベネフィットをベースに「モニタリングヘルス」を展開していく必要がある、と柳田様は続けます。
柳田様「その発想があるかどうかで、2025年時点でのアウトプットが違うはずです。例えば来る5~10年後には自動運転も一般化しているでしょうし、実際に自動車メーカーがプラットフォーム構築に動いています。そうしたサービス空間が各業界で立ち上がるとき、ヘルシアがどうやって入り込むべきか。それは5年後に議論を開始してはもちろん遅く、今から準備してようやく間に合うのではと思います。パートナーとして、ビービットさんにそうしたアドバイスもいただけると助かります」
下地「ビービットの中国拠点とは常に連携して最新情報を得ており、メーカーがサービサー化していく事例も入ってきます。そうした情報と、私が持つ花王様に関する情報を掛け合わせて、ぜひ知見としてお伝えできればと思います。中長期的な未来像についても議論させていただいて、今以上の価値を提供できたらとわくわくしています」
柳田様「今後の生き残りを懸けたサバイバルゲームでは、デジタルに強いパートナー企業と組んで花王がどう変わっていけるかが大きなポイントになってくると思います。この半年間プロジェクトを進める中で、ビービットさんにはその可能性を強く感じました。次の未来を進むために、方向転換の道筋をどう描くか、あるいはゲームチェンジをどう仕掛けるかといった視点で、議論し戦略を練るパートナーになっていけるといいと思っています」
大企業ならではのアセットを活かしながらも、これまでのビジネスの進め方に固執せず、果敢に新しい企画に挑戦する姿が印象的でした。ビービットはこれからも花王様のお取り組みを全力で支援させていただきます。
ヘルス&ウェルネス事業部長の下豊留様とコンシューマーリレーション部長の鈴木様にお話しを伺った前編はこちら。
※ 本インタビューは新型コロナウィルス感染拡大予防の観点から、オンラインで実施しました